Today's Obituary

米女優のエステル・ゲティ(Estelle Getty)、米ロサンゼルスの自宅で22日死去、84歳。認知症で療養生活を送っていた。
1923年ニューヨーク生まれ。78年「チームメイト」で女優生活を開始。85−92年アパートの一室で4人の中高年女性が送る日常生活を描いたNBCテレビのコメディードラマ「ザ・ゴールデン・ガールズ」に出演、人気を得る。92年映画「刑事ジョー ママにお手あげ」で主演シルベスター・スタローンの母親役を演じた。他の出演作に87年「マネキン」、84年「マスク」など。
00年健康問題を理由に引退。

米女優のイブリン・キース(Evelyn Keyes)、癌のためカリフォルニア州南部サンタバーバラ近郊の自宅で4日死去、91歳。
1916年テキサス州ポートアーサー生まれ。39年映画「風と共に去りぬ」で主人公のスカーレット・オハラ(ビビアン・リー)の妹を演じたほか、45年「「千一夜物語 魔法のランプ」、55年マリリン・モンロー主演の「七年目の浮気」などにも出演した。50近い作品に出演。晩年は作家活動でも活躍した。4度の結婚を経験。

米一流モデルだったドリアン・レイ(Dorian Leigh)、7日死去、91歳。
1917年サン・アントニオ生まれ。ヴァージニア州のラルフ・マコン女子大卒業。在学中に最初の決行をするが37年離婚。その後ニューヨーク大学で学ぶ。
40年代後半から60年代初頭にかけ、トップモデルとして活躍。たびたびヴォーグ紙の表紙を飾るなど、世界初のスーパーモデルともいえる存在だった。レブロンの化粧品のイメージモデルとして有名。
映画「ティファニーで朝食を」「パリの恋人」で主演のオードリー・ヘップバーンが、そのイメージ作りの参考にした人物といわれる。
50年写真家のリチャード・アベドンがレイの写真を撮影。フランスの自転車競争の優勝者に彼女が泣きながら腕をひろげて抱きつこうとする写真で、これをきっかけにアベドンはと特異な感覚を目覚めさせたともいう。
モデル引退後はパリでモデル事務所を開設。しかし、4度目の夫違法行為の責任を取って事務所閉鎖。70-80年代にかけパリヤニューヨーク、イタリアでレストラン経営などに携わる。80年自伝出版。

カザフスタン出身のスーパーモデル、ルスラナ・コルシュノワ(Ruslana Korshunova)、ニューヨーク・マンハッタンのアパートの9階自室から転落し28日死去、20歳。
ジーンズにタンクトップ姿でウォーター・ストリートに転落。ニューヨーク市警は、部屋の中に争った形跡がないことなどから自殺とみているが、詳細は不明。7月2日には21歳の誕生日を迎えるはずだった。
1987年旧ソ連カザフスタン共和国南東部のアルマトイ生まれ。03年モデル事務所「Models 1」のデビー・ジョーンズ(Debbie Jones)によりスカウト。その後ニューヨークやパリに拠点を置くモデル事務所に所属。マーク・ヤコブスやニナ・リッチ、DKNYなど有名ブランドの広告やショーに起用される。英ファッション誌「ヴォーグ」の表紙を飾り、05年同誌に「旬の顔(a face to be excited about)」として絶賛された。「現在のファッション界の女神」と評されるなどトップモデルの1人。
身長174cm、髪ブロンド、目グリーン、サイズ84-62-86cm。
米大衆紙デーリー・ニューズはインターネットの会員制サイトの心ない書き込みに傷つき怒っていたと報じ、自殺の原因となった可能性があるとしている。

米コメディアン・俳優のジョージ・カーリン(George Carlin)、心臓疾患のためカリフォルニア州サンタモニカで21日死去。71歳。
1937年ニューヨーク生まれ。高校中退後、米空軍でレーダー技術を学ぶ。その後ラジオのDJを務める。50年代後半にスタンドアップ・コメディ(一人漫才)を始める。政治風刺やブラックユーモアなど、タブーに切り込んだ辛辣な話術で人気を得る。
「サタデー・ナイト・ライブ」のホストを務めたほか、映画「ドグマ」など俳優としても多くの作品に出演した。

米女優でダンサーのシド・チャリシー(Cyd Charisse,本名:Tula Ellice Finklea)、心臓発作のためロサンゼルスの病院で17日死去、86歳。
1921年テキサス州アマリロ生まれ。幼少時からバレエを学び、12歳でハリウッドのバレエ学校に入学。その後“Felia Siderova”の芸名でバレエ・リュスに参加。
第2次世界大戦中ははロサンジェルスに戻り、コール・ポーター作のミュージカル映画「Something to Shout About」のダンサー役で女優デビュー。46年「ジーグフェルド・フォリーズ」脚光を浴びる。脚線美と躍動的なダンスで人気を博し、52年「雨に唄えば」でジーン・ケリー、53年「バンド・ワゴン」でフレッド・アステアの相手役を務めた。
01年ギネスブックの特集で「最も価値のある脚」の持ち主として取り上げられた。06年米文化勲章を授与。
私生活では39年ダンサーのニコ・チャリシーと結婚し1男をもうけるが47年離婚。48年歌手のトニー・マーティンと再婚した。

元子役俳優のボブ・アンダーソン(Bob Anderson)、癌のため米カリフォルニア州パームスプリングスの自宅で6日死去、75歳。
1933年カリフォルニア州ハリウッド生まれ。7歳でシャーリー・テンプル主演作「Young People」に出演。46年「素晴らしき哉、人生!」では、主演のジェームズ・スチュワート扮する主人公ジョージの少年時代を演じた。
朝鮮戦争には海軍航空母艦のカメラマンとして従軍。終戦後は映画プロダクションで40年間にわたり製作マネージャーなどを務めた。

故オードリー・ヘプバーンの元夫で米俳優のメル・ファーラー(Mel Ferrer、本名:Melchior Gaston Ferrer)、カリフォルニア州南部サンタバーバラ近郊の自宅で2日死去、90歳。
1917年ニュージャージー州エルベロン生まれ。プリンストン大学卒業。在学中から夏期はマサチューセッツ州デニスの劇団ケイプ・コッド・プレイハウスに参加。大学卒業後は出版社に勤務するが退職してブロードウェイの舞台に出る。45年に映画入り。
制外に5度結婚。54年女優のオードリー・ヘプバーン(Audrey Hepburn)と4度目の結婚をした。共演作に56年「戦争と平和」、監督作に59年「緑の館」、プロデュース作に67年「暗くなるまで待って」など。60年に男児をもうけたが、67年別居、68年離婚。
他の出演作に57年映画「陽はまた昇る」、60年「血とバラ」、62年「史上最大の作戦」、81年「リリー・マルレーン」など多数。



