政財界から文化・スポーツまで、秀でた功績を残した人々の死亡記事-obituary-で綴るブログ「死亡欄」。(敬称略)
Today's Obituary


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中国の大阪総領事の羅田広、帰国中に河北省の高速道路で交通事故に遭い11日死去、55歳。

1952年江西省生まれ身。東北大学で研修を受けた日本専門家。東北大で研修経験もある。長崎総領事館の領事、札幌総領事、中国外務省領事局長などを歴任。

02年北朝鮮住民が瀋陽市の日本総領事館に駆け込み中国側に連行された事件で、領事局長として日本側と交渉に当たった。06年大阪総領事(大使級)に就任。
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ポーランド元自主管理労組「連帯」顧問で元同国外相のブロニスワフ・ゲレメク(Bronisław Geremek)、同国西部で交通事故のため13日死去、76歳。

1932年ワルシャワ生まれ。54年ワルシャワ大学政治学部卒業。56-58年までパリ高等教育学院で研究。その後ポーランド科学アカデミーの歴史研究所で学究生活を送る。

70年代からポーランド民主化の指導者の1人と目される。80年結成の連帯でワレサ議長を補佐する顧問に就任。共産政権と連帯との協力の必要性を提唱、ポーランドの民主化に貢献した。

97-00年まで外相を務め、ポーランドの北大西洋条約機構(NATO)加盟に尽力した。

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ベトナム元首相のボー・バン・キエト(Vo Van Kiet)、急性肺炎のためシンガポールの病院で11日死去、85歳。数日前に呼吸困難となり、自宅のホーチミンからシンガポールの病院に搬送され入院していた。

1922年クーロン省(現:ビンロン省)生まれ。家は農家。16歳で革命運動に参加。ベトナム戦争中は南ベトナム解放民族戦線のサイゴン(現:ホーチミン)ザーディン地区の共産党委員会書記を務めた。

76年の南北統一後、ホーチミン市党委書記、同市人民委員会議長(市長)をへて、82年党政治局員。91−97年まで首相を務める。この間「ドイモイ(刷新)」路線、対外開放政策を推進した。

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元ソ連共産党政治局員兼書記のグリゴリー・ロマノフ(Grigory Vasilyevich Romanov)、サンクトペテルブルクで死去、85歳。

1923年生まれ。高校卒業後にソ連軍に入営、第2次世界大戦に従軍。44年ソ連共産党に入党。53年レニングラード造船大学夜間過程を卒業し、造船技師となる。レニングラード州党第1書記を経て、76年党政治局員、83年書記兼務となった。85年3月チェルネンコ党書記長の死去に伴い、後継者の座をめぐるゴルバチョフ氏との政争に敗れ、同年7月の党中央委員会総会で解任され失脚した。

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カーター元米大統領の首席補佐官を務めたハミルトン・ジョーダン(Hamilton Jordan)、皮膚癌及び前立腺癌などのため米アトランタの自宅で15日死去、63歳。

1944年ノースカロライナ州シャーロット生まれ。ジョージア州アルバニー育ち。67年ジョージア大学卒業、専攻は政策科学。76年ジョージア州知事(民主党)だったジミー・カーターの大統領選挙戦略を作り上げ、当選に結びつける。カーター政権後期に34歳で首席補佐官に就任、79-80年まで務める。パナマ運河返還条約など同政権の外交政策でも活躍した。

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クウェート前首長のサアド・アブドラ・サレム・サバハ(Shaikh Saad Abdullah Al Sabah)、クウェート市で13日死去、78歳。

1930年生まれ。クウェートで教育を受けたのち英ロンドンのヘンドン警察大学に学ぶ。77-06年まで皇太子。その間77-03年まで首相を務める。

06年1月15日ジャビル首長の死去を受け、皇太子から第14代首長に即位。10日後の24日に健康不安を懸念した国民議会が全会一致で退位を議決。

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スペイン元首相のレオポルド・カルボ・ソテロ(Leopoldo Calvo-Sotelo)、マドリード近郊の自宅で3日死去、82歳。

1926年マドリッド生まれ。商業相、第2副首相兼政治・経済担当相などを経て、81年首相に就任。82年まで務めた。

フランシスコ・フランコ総統による独裁体制の脱却から西欧接近策、民主主義化の間のスペインで養殖を歴任。82年には北大西洋条約機構(NATO)参加を実現した。
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アイルランド元大統領パトリック・ヒラリー(Patrick Hillery)、ダブリンで12日死去、84歳。

1923年同国クレア州生まれ。ダブリン大学卒業。医師から51年共和党の下院議員に転身。教育相、産業相、文化相を経て、69-73年まで外相を務め同国の欧州経済共同体(EEC)加盟を推進。73-76年まで欧州委員。76-90年まで第6代大統領を務めた。

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