政財界から文化・スポーツまで、秀でた功績を残した人々の死亡記事-obituary-で綴るブログ「死亡欄」。(敬称略)
Today's Obituary


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ロシア出身のバレリーナで女優のイリナ・バロノワ(Irina Baronova)、オーストラリアのニューサウスウェールズ州バイロン・ベイの自宅で6月28日死去、89歳。

1919年ロシアのサンクト・ペテルブルク生まれ。両親とともにロシアを逃れ、パリで学ぶ。32年13歳のときにバランシン(George Balanchine)に見いだされ、ディアギレフ(Sergei Diaghilev)率いるモンテカルロのバレエ・リュスに参加。ターニャ・リャブシンスカ(Tatiana Riabouchinska)、タマラ・トゥマノワ( Tamara Toumanova)とともに亡命ロシア人の少女たちで構成する「ベビーバレリーナ」として、バレエ・リュスの人気を支えた。

39年米国に渡り、ハリウッド映画に出演。41-42年までプリマとしてアメリカン・バレエ・シアターに参加。その後いくつかのバレエ・カンパニーに所属し、46年引退した。

自伝「Ballet, Life and Love」を出版している。

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米アーティストのアルトン・ケリー(Alton Kelley)、骨粗鬆症による合併症のためカリフォルニア州ペタルマの自宅で1日死去、67歳。

1940年メイン州生まれ。60年代に米西海岸を中心とするサイケデリック・アートを牽引。当時のロック界のデザインに影響を与えた。65年にロサンゼルスで出会ったスタンリー・マウスとアトリエを構え、ビートルズやジミ・ヘンドリックスなどのポスター、ロゴ、レコード・ジャケットを手がけた。

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米美術家でポップアートの巨匠ロバート・ラウシェンバーグ(Robert Rauschenberg)、フロリダ州の自宅で心不全のため12日死去、82歳。

1925年テキサス州ポート・アーサー生まれ。第2次大戦中の42-45年まで海軍に所属。戦後ロサンゼルスの水着工場で在庫係をしていたが、デザイナーに画才を認められ、47-48年初頭にかけカンザスシティ・アート・インスティテュートに学ぶ。48年一時パリ滞在、アカデミー・ジュリアンに通う。同年秋帰国、ノースカロライナ州のブラック・マウンテン・カレッジ、ニューヨークのアート・スチューデンツ・リーグで学ぶ。作曲家ジョン・ケージに大きな影響を受けた。

51-52年までイタリアと北アフリカに暮らし帰国。ニューヨークを拠点に本格的に活動を開始。55年頃から油彩に板や靴などを組み合わせた「コンバイン(結合)・ペインティング」と呼ばれる作品を発表。ジャスパー・ジョーンズとともにアメリカにおけるネオダダ及びポップ・アートの隆盛に重要な役割を果たした。

代表作に古タイヤや布を使った「ファースト・ランディング・ジャンプ」や「ベッド」「モノグラム」など。5-60年代にはマース・カニングハム舞踏団の舞台装置も担当した。63年ニューヨークのユダヤ美術館で個展を開催、64年ヴェネチア・ビエンナーレで最優秀賞受賞。

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ジャズダンスの開拓者ガス・ジョルダーノ(Gus Giordano)、肺炎のため米シカゴで9日死去、84歳。

1923年ミズーリ州セントルイス生まれ。幼少時からダンスに興味を持つ。第2次大戦中は海兵隊に所属。
戦後ニューヨークに移り、ロキシー劇場のダンスチームに参加。62年シカゴでダンススタジオを開く。イリノイ州エバンストンに「アメリカン・ジャズダンス・ワールド会議」を創立。ジャズダンスのパイオニアとしてその普及に貢献。

80年テレビ特番「he Rehearsal」でエミー賞を受賞。

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露バレエダンサーの(Natalia Bessmertnova)、モスクワの病院で19日死去、66歳。

1941年モスクワ生まれ。61年モスクワの舞踊学校卒業。63年ボリショイ劇場に入り、早くから頭角を現す。以来95年まで30年以上に渡って同劇場のトップ級ダンサーとして活躍した。

主な出演作品は「ロミオとジュリエット」など。夫は著名なバレエ監督のユーリー・グリゴロビッチ(Yuri Grigorovich)。後年は若手ダンサーの教育にも携わった。
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キューバ生まれの世界的バレエ振付家アルベルト・アロンソ(Alberto Alonso)、居住先の米フロリダで1日死去、90歳。

1917年首都ハバナ生まれ。米アラバマ州のスプリングヒル大に通う。帰国後、ハバナの音楽学校(プロ・アルテ・ムシカル)でバレエを習う。プリンシパルとしてモンテカルロ・ロシアン・バレエに所属、欧米豪州など世界各地で公演。40年から振付師としても活動。40年代末にアメリカン・バレエ・シアターへ。

48年アリシア・アロンソや弟フェルナンド・アロンソとともに「キューバ国立バレエ」創設に協力。その後、数多くの舞踊プロジェクトにかかわる。代表作「カルメン」など。93年から米フロリダ在住。

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Michael Kidd
米振付家マイケル・キッド(Michael Kidd)、癌のためロサンゼルスの自宅で23日死去、92歳。

1915年ニューヨーク・ブルックリン生まれ。ニューヨーク市立大学で化学を専攻するが、アメリカン・バレエ・スクールに移る。53年「バンド・ワゴン」や54年「掠奪された七人の花嫁」など数々のミュージカル映画をはじめ、ブロードウェー・ミュージカルで出演者にダンスを指導。トニー賞を5度受賞、97年アカデミー名誉賞受賞。

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フランス出身の振付家モーリス・ベジャール(Maurice Béjart)、スイスのローザンヌで22日死去、80歳。

1927年マルセイユ生まれ。14歳でバレエを始め、大学進学後ダンサーに。ローラン・プティのバレエ団などで踊った。
振付家としての処女作は50年スウェーデン映画「火の鳥」。51年クルベリバレエ団に入団するが、52年兵役のため帰国。54年ジャン・ローランとともにエトワール・バレエ団(57年バレエ・テアトル・ド・パリに改称)を結成。55年「孤独な男のためのシンフォニー」を発表。59年ブリュッセルで「春の祭典」を成功させ、60年ベルギーの支援を得て「20世紀バレエ団」結成。

87年本拠地をスイスに移し、バレエ団を「ベジャール・バレエ・ローザンヌ」と改称。97年ロックバンドのクイーンの曲を使った「バレエ・フォー・ライフ」発表、02年若手だけのカンパニーを結成。

日本には67年の初来日以来、12回公演。86年「ザ・カブキ」、93年三島由紀夫をモデルにした「M」などを手掛ける。99年京都賞を受賞。

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