Today's Obituary

米国のポップ歌手プーキー・ハドソン(Thornton James "Pookie" Hudson)、胸腺癌による合併症のため米メリーランド州の自宅で16日死去、72歳だった。
1934年11月生まれ。1950年代半ばか60年代初頭のアメリカで隆盛した黒人音楽のコーラススタイル、ドゥ・ワップ(doo-wop)の実力派グループ「ザ・スパニエルズ」のリードシンガーを務めた。
ドゥ・ワップは数多くのコーラス・グループを生み、グループの構成は3人から6人程度、ステージやレコードでは通常は簡素な楽器の伴奏がつく。
スパニエルズは最も成功した中西部のR&Bグループといえる。プーキー・ハドソンのつやのあるリード・テナーにタイトなバック・コーラスが絡むスタイルで、ジェラルド・グリゴリーの強力なグルーヴ感をもったベース・ヴォーカルがこれを支えた。ヒット曲に「グッドナイト・スウィートハート・グッドナイト」などがある。

米ミズーリ州などで26年間にわたり、毎年12月に街を歩き回って人々に現金を手渡す「秘密のサンタ」と呼ばれた実業家ラリー・スチュワート(Larry Stewart)、食道癌の合併症のため12日死去、58歳だった。
71年ビジネスで失敗して家を失ったが、ケーブルテレビと長距離電話事業で成功する。79年12月ドライブインの女性従業員に20ドルを渡したことをきっかけに「秘密のサンタ」を始めた。手渡した現金の総額は130万ドル(約1億5600万円)に上る。自宅は同州カンザスシティー郊外。
食道癌を患っていることを知り、自分の信念を広めようと、昨年11月に自らが「秘密のサンタ」あることを公表した。
【関連サイト】
カンザスシティー.com
ニッカンスポーツ

米ジャズ・テナーサックス奏者のマイケル・ブレッカー(Micheal Brecker)、白血病のためニューヨークで13日死去、57歳だった。
1949年ペンシルベニア州フィラデルフィア生まれ。70年ニューヨークにでる。75年トランペット奏者の兄ランディとバンド「ブレッカー・ブラザーズ」を結成、センセーショナルナ話題を振りまく。79年マイク・マイニエリ、ドン・グロルニック、エディ・ゴメス、スティーヴ・ガッドとステップスを結成(後にステップス・アヘッドに改名、86年解散)。
87年初リーダー作「マイケル・ブレッカー」を発表し、これまでに8つのリーダー作アルバムを制作した。グラミー賞を11回受賞した。
テクニック、表現力ともに当代No.1ともいえる実力で、ジョン・コルトレーン以降のテナーサックスにおいて最も演奏スタイルに影響を与えた人物ともいえる。ウィンドシンセサイザー演奏の第一人者でもああった。

米SF作家のロバート・アントン・ウィルソン(Robert Anton Wilson)、カリフォルニア州サンタクルーズ郡の自宅で11日死去、74歳だった。
1932年1月ニューヨーク市ブルックリン生まれ。ニューヨーク大で数学・工学を学んだ後、エンジニア助手、セールスマン、コピーライター、プレイボーイ誌編集者(1965-71年)などを経て作家になる。79年カリフォルニア州のペディア大から博士号(心理学)授与。テレパシーや超常現象をテーマにした作品で知られる。
ロバート・シーアとの共著「The Illuminatus! Trilogy」(1975)でよく知られる。「コスミック・トリガー―イリュミナティ最後の秘密」は翻訳されている。
昨年12月5日にブログを始め、亡くなった1月11日で終わっている。
原爆開発計画にかかわった元米情報分析員エディス・モット(Edith Grace Mott)、糖尿病の合併症のため南部バージニア州シャーロッツビルのロウジンホームで昨年12月22日死去。
1922年ボストン生まれ。フレーミングハム州教育大学卒業後、高校で英語を教える。第二次大戦中、マサチューセッツ工科大で機密情報分析を担当し、原爆開発のマンハッタン計画に関与。しかし、原爆投下後に初めて同計画の全容を知ったと語っている。
海軍将官の妻でもあり、戦争は夫とともにワシントンに移り、海軍将校夫人クラブなどで活動した。

カナダ出身の女優イヴォンヌ・デカーロ(Yvonne De Carlo)、米ロサンゼルス郊外のケア施設で8日死去、84歳だった。
1922年1月カナダのバンクーバー生まれ。貧しい母子家庭で育ち、高校中退。15歳で母とともにハリウッドに移住。仕事がなく一度はカナダに戻るが40年再びハリウッドへ。映画界入りするが数年間は恵まれなかった。
45年「Where She Danced」でブレーク、47年「Slave Girl」で主役を演じる。56年チャールトン・ヘストン主演の「十戒」でモーゼの妻を演じた。64-66年のテレビシリーズ「The Munsters」で幅広い人気を得る。86年には「アメリカン・ゴシック」などに出演。

米日系2世のアニメーション作家イワオ・タカモト(Iwao Takamoto)、心不全のためロサンゼルスの病院で8日死去、81歳だった。
1925年ロサンゼルス生まれ。高校卒業後、第2次大戦のためカリフォルニア州内の日系人強制収容所に入れられた。ここで日系人からイラストの基礎を学ぶ。
戦後、47年からディズニー・スタジオ(DS)で「シンデレラ」「ピーター・パン」などアニメーション制作にかかわる。61年DSを離れアニメ作家のジョゼフ・バーベラ(昨年12月死去)が運営するスタジオに入り、共同で数多くのアニメ・キャラクターを生みだした。
「スクービー・ドゥー」で主人公の犬をデザイン、「フリントストーン」など。またアニメ「シャーロットのおくりもの」を監督した。

政治学者で東京大名誉教授の福田歓一、肺炎のため東京都新宿区の病院で7日死去、83歳だった。専門は西洋政治史。
1923年7月神戸市生まれ。灘中学校・高等学校を経て、東京大学法学部で丸山真男、南原繁に師事する。東京大学法学部教授、明治学院大学学長を歴任。ホッブスら近代政治理論を中心に欧州政治学史の著書が多く、「政治学史」んは碩学として知られた故人の講義録として評価が高い。このほかの著書に「近代民主主義とその展望」、「丸山真男とその時代」、「聞き書 南原繁回顧録」など。
天皇の即位儀礼があった90年には、明治学院大学長として、他のキリスト教系大学の学長と3人の連名で、大嘗祭について「象徴天皇制を神権天皇制に逆行させる道を開くおそれがある」と反対する声明を出した。









