政財界から文化・スポーツまで、秀でた功績を残した人々の死亡記事-obituary-で綴るブログ「死亡欄」。(敬称略)
Today's Obituary


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現代の俳句界を代表する俳人で日本芸術院会員の飯田龍太、肺炎のため甲府市の病院で25日死去、86歳。

1920年7月山梨県八代郡五成村(現・笛吹市)で俳人・飯田蛇笏の四男として生まれる。国学院大卒。54年句集「百戸の谿」出版、57年現代俳句協会賞を受賞するなど、戦後の俳壇で新鋭的俳人として注目を集める。

62年父が没して名門俳誌「雲母」の主宰となる。
68年「忘音」で読売文学賞受賞、81年日本芸術院賞恩賜賞受賞、83年紫綬褒章受賞。
92年蛇笏没後30年を期に、高齢などの理由で俳誌「雲母」を900号目で廃刊する。

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動物写真家の岩合徳光、低酸素脳症のため東京都新宿区の病院で12日死去、91歳。

1916年北海道生まれ。日本の動物写真の草分け的存在。息子で同じく岩合徳光は、父の助手としてガラパゴス諸島を訪れたことで動物写真家を志したという。

代表作に写真集「滅びゆく日本の野生」「動物カメラマン」。

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俳優の高松英郎(本名:武市哲郎)、心筋梗塞のため自宅で26日死去、77歳。

1926年10月高知県大篠村(現・南国市)生まれ。東京で少年期を送り、早稲田中学卒業後、鎌倉アカデミア演劇科に入学。51年大映第5期ニューフェイスとして入社し、映画「怒れ三平」で若尾文子の恋人役としてデビュー。

62年大映退社。69年からTVドラマ「柔道一直線」で主人公の師匠、車周作役で人気を集めた。

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作家の坂口●子さん(●は衣偏に零:れいこ)、老衰のため東京都練馬区の病院で6日死去、92歳。

1914年9月熊本県八代市生まれ。熊本女子師範を卒業し、結婚して38年台湾に渡り小学校に勤務。敗戦で同県玉名町に引き揚げ。

43年「灯」で第1回台湾文学奨励賞受賞。戦後は「文学者」「詩と真実」「九州文学」の同人となる。53年「蕃地」で新潮社文学賞受賞。60年「蕃婦ロポウの話」、62年猫のいる風景」、64年「風葬」でそれぞれ芥川賞候補となる。
この間、玉名家政高や八代商業高校など教員を務め、60年退職。

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米ギタリストのアル・ビオラ(Al Viola)、癌のため米カリフォルニア州の自宅で21日死去、87歳。

1919年ニューヨーク生まれ。ブルックリンで育ち、母や兄からギターの基礎を習う。
41-45年の兵役期間は、サンフランシスコの軍隊バンドで演奏した。そこでペイジ・キャヴァノウと知り合い、除隊後にペイジ・キャヴァノウ・トリオを結成。46年同トリオでフランク・シナトラの伴奏を行い、シナトラの「ニューヨーク・ニューヨーク」「マイウェイ」の録音に参加した。

49年に同トリオを辞めたころからクラシック・ギターを始める。50年代には「ソロ・ギター」「ギター・ラメント」などギター1本による独奏アルバムを発表。
マービン・ゲイやマンハッタン・トランスファーなど500枚以上のアルバムに登場している。フランシス・コッポラ監督の映画「ゴッドファーザー」のテーマ曲でのマンドリン演奏でも知られる。

80年代にはペイジ・キャヴァノウ・トリオを再結成するなど、晩年にも精力的に活動した。

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映画「Uボート」の原作者と知られる小説家・画家のロタール=ギュンター・ブーフハイム(Lothar-Günther Buchheim)、心不全のためミュンヘン近郊のフェルダフィンクで22日死去、89歳。

1918年2月ワイマールのスターンベルク生まれ。ドレスデンやミュンヘンの芸術アカデミーで絵画を学ぶ。第2次世界大戦中の41年ナチスの潜水艦U96に従軍記者として乗船。その経験をもとにした75年の小説「Uボート」(Das Boot)が代表作。翌年にはノンフィクション「U-Boat War」も出版した。

小説はウォルフガング・ペーターゼン監督が81年に映画化し、米アカデミー賞6門にノミネートされた。

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カナダ・ナショナル・バレエ創設者のセリア・フランカ(Celia Franca)、オタワの病院で19日死去、85歳。

1921年6月英ロンドン生まれ。4歳でダンスをはじめ、王立舞踊アカデミーなどに通う。41年に英国王立バレエ団の前身であるサドラーズ・ウェルズ・カンパニー入団。47年メトロポリタン・バレエ団に参加した。

カナダにバレエ団設立を望むトロントの財界人らに応え、王立バレエ団を育てたニネット・ド・ヴァロアが50年、29歳のフランカをカナダに派遣。彼女はデパートで文書整理係をしながら、翌年カナダ最大のカナダ・ナショナル・バレエを創設。24年間芸術監督を務めた。こうして同国のクラシック・バレエは始まった。

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ザ・グラジエーター(The Gladiator)のリングネームでFMWや全日本、ノアなどで活躍したマイケル・アルフォンソ(Mike Alfonso)、米フロリダ州タンパの自宅で死亡しているのを発見された。42歳だった。首吊り自殺の可能性が高い。

1965年1月フロリダ州タンパ生まれ。身長199cm、体重123kg。90年9月に初来日し、ザ・グラジエーターとして大仁田率いるFMWに参戦した。95年リーグ戦「グランドスラム」で世界ブラスナックル王座を奪取。その後、インディペンデント・ワールド世界ヘビー級王座を獲得し、初代FMW認定2冠王者となった。

99年にはECWヘビー級王者。ほかに全日本、ノアなどを渡り歩く。パワーボム「アッサムボム」とノータッチのトペ・スイシーダで知られる。

最近は内臓疾患でリングから遠ざかり、地元タンパの不動産会社に勤めていた。マイク・オーサム(Mike Awesome:日本ではアッサム)の名でも知られた。

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アフリカ中央部の内陸国チャド共和国の首相パスカル・ヨアジマナジ(Pascal Yoadimnadji)、脳出血のため入院先のパリの病院で23日死去、56歳。

チャド南部の出身。弁護士から政界にはいる。農業大臣などを経て、2005年2月にイドリス・デビ大統領の指名を受けて首相に就任。

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米プロバスケットボールNBAのスター選手だったデニス・ジョンソン、監督を務めるNBA下部(Dリーグ)のオースティン・トロスの練習後に倒れ22日死去、52歳。

1954年9月カリフォルニア州コンプトン生まれ。
ペパーダイン大学からシアトル・スーパーソニックへ。79年スーパーソニックスはワシントン・バレッツを倒しNBA王者となる。80年代にはセルティックスでラリー・バードやケビン・マクヘイルらと黄金時代を築き、84年と86年にNBA王者となった。オールスターには5度選出されている。

引退後はロサンジェルス・クリッパーズやDリーグのフロリダ・フレイムズ、オースティン・トロスの監督として活動していた。

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オランダの映画監督フォンス・ラデメーカーズ(Fons Rademakers)、肺気腫のためスイスの病院で22日死去、86歳。

1920年9月オランダ・ローゼンダール生まれ。当初は舞台俳優としてデビュー。その後、製作側に転じ、61年に監督作品「WHEN IT DOES NOT COME FROM THE HEART」がベルリン国際映画祭銀熊賞(審査員特別賞 を受賞。71年には「怪盗紳士アルセーヌ・ルパン/断たれた鎖」に出演もしている。
86年には第2次大戦中のナチス占領下のオランダで起きた一家の悲劇を描いた作品「追想のかなた」で米アカデミー賞外国語映画賞を受賞した。

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真剣師」と呼ばれたアマチュア将棋棋士の大田学、大腸癌のため大阪市西区の病院で21日死去、92歳。

神奈川県横須賀市に生まれ、鳥取県で育つ。30歳ころから将棋を始め、大阪府在住の将棋の真剣師として名をはせた。1950-60年代にかけて、賭け将棋で生きる真剣師として全国を放浪。全盛期にはアマチュアの公式戦にでることはなかったが、77年に第1回朝日アマチュア将棋名人戦に出場し全勝優勝した。

76年に開設された大阪市浪速区の「通天閣囲碁将棋センター」(01年に閉鎖)で、25年間将棋師範を務めた。NHKドラマ「ふたりっ子」(96-97年)では、ヒロインの師匠のモデルにもなった。

97年9月24日にテレビ局の企画では、コンピュータ将棋プログラム「YSSS」と通天閣(大阪)にて平手で対局し、大田が2戦全勝した。

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米女優のジャネット・ブレア(Janet Blair)、肺炎による合併症のためカリフォルニア州南部サンタモニカの病院で19日死去、85歳。

1921年4月ペンシルベニア州生まれ。バンド歌手を経て映画界に転進。喜劇俳優シド・シーザー(Sid Ceasar)の妻としてコメディー映画などに出演。その後、舞台女優となり、劇場ミュージカル「南太平洋」(South Pacific)などに出演した。

71年に始まったTV番組「ザ・スミス・ファミリー」(The Smith Family)でヘンリー・フォンダの妻を演じた。

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元北海道大教授で人類学者の吉崎昌一、肺炎のため札幌市南区の病院で20日死去、75歳。

1931年樺太生まれ。明治大学大学院修士課程修了。函館博物館学芸員やウイスコンシン州立大研究員などを経て、93年から北海道大学文学部教授。

北海道大助教授だった78年に市民団体「さっぽろサケの会」を設立。札幌市内を流れる豊平川にサケを呼び戻そうと「カムバックサーモン運動」を提唱して、河川浄化運動の先鞭をつけた。

アイヌ民族出身の参議院議員萱野茂をかこむ学者の会の中心的存在でもあった。

【関連本】
サケよ、豊平川をのぼれ   吉崎昌一(著)

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元日産自動車社長で元経団連〈現日本経団連〉副会長も務めた辻義文、大動脈瘤破裂のため東京都品川区の病院で11日死去、79歳。

1928年2月香川県高松市生まれ。東京大学卒業後、54年に日産自動車入社。92年から96年まで同社社長を務める。
この間はバブル崩壊後で、同社にとっても厳しい時期。生き残りのために主力の神奈川県・座間工場の閉鎖など、合理化とコスト削減を推し進めた。この販売戦略の立て直し策は、一方で技術力の低下をもたらしたとの批判もある。

社長退任後は99年まで同社会長。ほかに日本字t同社工業会会長、経団連副会長も務めた。
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