政財界から文化・スポーツまで、秀でた功績を残した人々の死亡記事-obituary-で綴るブログ「死亡欄」。(敬称略)
Today's Obituary


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米化学者のポール・ラウターバー(Paul Christian Lauterbur)、腎臓病のためイリノイ州の自宅で27日死去、77歳。

1929年オハイオ州シドニーに生まれ。ケース工科大学化学科卒、62年ピッツバーグ大学博士号取得。69年から85年までニューヨーク大学ストーニィー・ブルック校化学・放射線学教授。その後、イリノイ大学シカゴ医学校教授を経て、同大アーバーナ・シャンペーン医学校バイオメディカルMR研究所所長などを歴任。

03年ピーター・マンスフィールドとともにノーベル医学生理学賞を受賞。癌などの診断に有効な磁気共鳴画像装置(MRI)の基本原理を最初に築いた功績。

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米数学者のポール・コーエン(Paul Joseph Cohen)、肺の病気のためカリフォルニア州で23日死去、72歳。

1934年ニュージャージー州ロングブランチでポーランド移民の子として生まれる。ブルックリン大卒、シカゴ大大学院で博士号取得。64年スタンフォード大教授に就任。専門は集合論、調和解析、偏微分方程式。

66年フィールズ賞を受賞。クルト・ゲーデルが無矛盾性を証明した連続体仮説について、コーエンは強制法を導入。強力な結果であるZFCと連続体仮説は独立であることを証明した。

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全日本柔道連盟顧問で講道学舎会長の横地治男、不整脈のため東京都目黒区の病院で28日死去、95歳。

1912年島根県生まれ。陸軍少佐として満州で終戦を迎える。日本柔道復興を目的に、75年日本柔道育英学会を設立し、78年柔道の私塾「講道学舎」創設した。中・高一貫指導による全寮制の形態をとり、92年バルセロナ五輪金メダリストの古賀稔彦ら多くの五輪メダリストを輩出。

一方で、総合塗装商社ダイニッカを創設。会長を務める。

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作家の故島尾敏雄の妻で同じく作家の島尾ミホ、脳内出血のため鹿児島県奄美市の自宅で25日死去、87歳。

鹿児島県の加計呂麻島生まれ。加計呂麻島で教員をしていた1944年、海軍特攻隊長として島に駐屯した敏雄と出会い、戦後結婚した。

「海辺の生と死」で田村俊子賞などを受賞。ほかに著書「祭り裏」など。夫の小説「死の棘」のモデルとなった。映画「ドルチェ-優しく」(00年)にも出演した。

長男は写真家の島尾伸三、孫に漫画家のしまおまほ。

【関連サイト】
ドルチェ-優しく(A.ソクーロフ 島尾ミホ 吉増剛造)
島ノ唄


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キューバの歌手、作曲家ファウスティーノ・オラマス(Faustino Oramas)、肝臓がんのため同国東部オルギンの病院で27日死去、95歳。

1911年オルギン生まれ。貧しい環境で育ち、音楽は独学。クレオール文化の匂いが立ち込めた自作の曲をギターで弾き語りながらキューバ各地を放浪。15歳で歌手、マラカス奏者としてバンド入り。1920年代から30年代、ギターを脇に抱え、スーツにネクタイ、カンカン帽というスタイルが受けて音楽家として成功。以降、70年以上に渡って音楽活動を続けてきた。
38年に作曲した“Guayabero”が、その後彼自身の通称となった。

キューバ音楽ブームを巻き起こしたアルバム「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」(97年)で、故イブライム・フェレールが歌った「カンデラ」の作曲家として知られる。

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コメディアン、俳優、歌手として高度成長期に活躍した植木等、呼吸不全のため東京都内の病院で27日死去、80歳。

1926年(戸籍上は1927年)三重県生まれ。50年東洋大学文学部国漢科卒。ジャズに夢中になりギタリストを志す。
52年「植木等とニュー・サウンズ」結成。54年フランキー堺に誘われ、シティ・スリッカーズに参加する。
57年「クレージーキャッツ」のメンバーとして活動。テレビの初期バラエティー番組「シャボン玉ホリデー」で「お呼びでない?」など歴史に残るギャグで国民的な人気を得る。61年に青島幸男作詞の「スーダラ節」が大ヒットし、その後も「ハイそれまでョ」や「ドント節」など数々のコミックソングをだす。映画「無責任」シリーズでもブームを巻き起こした。

86年映画「新・喜びも悲しみも幾歳月」で、キネマ旬報助演男優賞、日本アカデミー賞最優秀助演男優賞、毎日コンクール助演男優賞を受賞。
93年紫綬褒章、99年勲四等旭日小綬章を受章。

06年末には青島幸男の通夜に、酸素吸入器をつけて参列していた。


【関連サイト】
日本一の無責任男★植木等度チェック

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プロ棋士で日本将棋連盟棋士6段の達正光、心不全のため埼玉県所沢市の自宅で26日死去、41歳。

1965年千葉県生まれ。77年に小学生名人、78年に中学生名人となり、同年11月奨励会入会し、故・高柳敏夫名誉九段に師事する。80年プロ棋士初段、96年6段となる。

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米映画音楽作曲家のハーマン・シュタイン(Herman Stein)、心臓疾患のためロサンゼルスの自宅で15日死去、91歳。

1915年フィラデルフィア生まれ。3歳半でピアノを始め、6歳で初公演。図書館で独学し、管弦楽の編曲を学ぶ。15歳でプロの編曲家となり、カウント・ベイシーらの編曲者として活動。
48年にロサンジェルスに移住。イタリア人作曲家のもとで作曲を学び、50年代に映画音楽の作曲家となり、「大アマゾンの半魚人」(54年)や「縮みゆく人間」(57年)などホラー映画の音楽をつくった。手掛けた作品は約200曲に上り、テレビ番組やコマーシャルの作曲でも知られる。

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元社会党衆院議員で党中央執行委員だった石野久男、心筋梗塞のため19日死去、96歳。

1911年三重県大王町(現・志摩市)生まれ。36年早稲田大学政治経済学部を卒業後、高速機関工業(株)を経て、日立製作所に入社。

同社水戸工場で工場長秘書をしていた時に労組結成に参加。同工場の社員組合執行委員長、同社働組合総連合中央執行委員長を歴任。

47年衆院選の旧茨城2区から日本社会党公認で立候補し当選。以後当選10回。
48年芦田内閣の予算案に反対して脱党。労働者農民党を結成し書記長を務めたが、57年に社会党と合流し、党中央執行委員などを歴任した。

科学技術を専門とし、社会党の反原発政策の確立に強い影響を与えた。

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アルメニア(Armenia)の首相アンドラニク・マルガリャン(Andranik Margarian)、心不全のため25日死去、55歳。

1951年首都エレバン(人口120万人)生まれ。72年エレバン工業大学大学卒。旧ソ連時代の72年から90年はソ連邦ガス産業研究所、電力技術研究所、貿易省コンピューターセンター等のエレバン支部で技師として勤務。そのかたわら反体制活動にかかわった。ソ連崩壊後、アルメニア議会議員を経て、2000年5月コチャリャン大統領によって首相に任命された。

05年6月愛知万博の際に日本訪問。小泉純一郎首相(当時)と会談し、日本の国連安全保障理事会常任理事国入りを支持した。

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中国の毛沢東主席の次男 毛岸青(Mao Anqing)、病気のため北京市内で23日死去、84歳。

1923年湖南省長沙生まれ。母親は毛沢東(Mao Zedong)元国家主席の2番目の妻、楊開慧。4歳で父と離れ、7歳の時に母は国民党に逮捕され処刑された。その後、兄の岸英と新聞売りやクズ拾いなどをして生活する。36年中国共産党の地下組織が兄弟を見つけだし、ソ連に送って勉強させる。兄は46年帰国するが、50年朝鮮戦争で戦死した。

76年9月毛主席が亡くなり、岸青は葬儀委員として初めて次男として公表された。93年12月中国共産党機関紙の人民日報は、毛主席生誕100周年を記念し、毛岸青の回顧録を掲載した。

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慶応大名誉教授で分子生物学者の渡辺格、動脈瘤破裂のため横浜市南区の病院で23日死去、90歳。

1916年松江市生まれ。40年東京大学理学部化学科卒。戦後、カリフォルニア大学に留学し、バクテリオファージを研究する。

東大理学部、京都大学ウイルス研究所教授を経て、慶応義塾大学医学部教授を歴任。ノーベル医学・生理学賞を受賞した利根川進・米マサチューセッツ工科大教授ら後進を育てた。78年日本分子生物学会を設立し初代会長。91年から3年間、日本学術会議の副会長。日本の分子生物学の草分け的存在である。

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ニューヨークの「ハーレム少年合唱団」創設者で音楽家のウォルター・ターンブル(Walter Turnbull)、ニューヨークの病院で23日死去、62歳。

1944年ミシシッピ州グリーンヴィル生まれ。同州ジャクソンのトゥガルー大学でクラシック音楽と声楽を学ぶ。66年ニューヨークに移り、マンハッタン音楽学校で学ぶかたわら、ニューヨーク・フィルハーモニーでテノールを務める。同時に、ハーレムの教会で音楽を教え始め、少年合唱団を創設。国際的な合唱団に育てあげた。
しかし01年、合唱団のカウンセラー職員が少年に性的虐待をしていたことが発覚、経営状態が悪化していた。

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元共産党委員長の村上弘、肺炎のため大阪市内の病院で22日死去、85歳。

1921年広島県因島市(現・尾道市)生まれ。42年逓信官吏練習所行政科卒。
終戦直後の46年大阪中央電信局で従業員組合の初代組合長となり、47年共産党に入党。48年朝鮮人学校事件にからみ占領政策違反に罪にとわれ、1年8カ月大阪刑務所に服役する。

72年衆院選の旧大阪3区で初当選、通算4期務める。87年11月党大会で不破哲三に代わって第3代委員長に就任。89年6月病気療養のため辞任。90年2月の衆院選には出馬せず引退した。
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ハンチントン病の原因解明に貢献した米精神分析医ミルトン・ウェクスラー(Milton Wexler)、呼吸器疾患のため米サンタモニカの自宅で16日死去、98歳。

1908年サンフランシスコ生まれ。68年妻が不規則運動、認識力低下などの症状見舞われ、治療が難しいハンチントン病(遺伝性疾患)と診断された。これをきっかけに資産を投じて「遺伝病財団」を設立、その研究者らが93年に同病の原因遺伝子特定に成功した。

ハリウッド業界関係者の精神カウンセリングでも知られ、映画「グッバイ、デイビッド」(83年,The Man Who Loved Women)や「That's Life!」(86年)の脚本を手がけ、「Sketches of Frank Gehry」(05年)では役者として出演した。


【関連サイト】
ウェクスラー家の選択

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