政財界から文化・スポーツまで、秀でた功績を残した人々の死亡記事-obituary-で綴るブログ「死亡欄」。(敬称略)
Today's Obituary


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スイスの化学者アルベルト・ホフマン(Albert Hofmann)、スイス・バーゼルの自宅で心臓発作のため29日死去、102歳。

1906年スイスのバーデン生まれ。チューリッヒ大学卒業。スイス大手製薬会社サンド社(現ノバルティス)の研究施設で麦角菌の医学的有用性を研究。38-43年にかけて幻覚作用のあるLSD(リゼルギン酸ジエチルアミド)の合成に成功。精神疾患の治療への実用化が期待された。58年メキシコの幻覚キノコの一種から向精神物質サイロシビンとサイロシンを初めて抽出。71年まで同社に勤務。

LSDは60年代米国のヒッピーらが麻薬として乱用し社会問題化した。66年米国が使用を禁止、他国も追随した。

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橋本道夫5

社団法人海外環境協力センター顧問で元環境庁大気保全局長の橋本道夫、胃癌のため横浜市の病院で14日死去、83歳。

1924年大阪府生まれ。大阪大医学部卒。米国ハーバード大公衆衛生学部大学院修了。57年厚生省に入る。64年初代公害課長に就任。72年環境庁(現環境省)に移り、大気保全局長などを歴任。

四日市ぜんそくや水俣病の対策、公害対策基本法、大気汚染防止法の作成に関与するなど公害行政畑を歩み「ミスター公害」と呼ばれた。イタイイタイ病とカドミウム、水俣病と有機水銀の因果関係を認める「厚生省見解」を執筆し、被害者補償への道筋をつけた。73年公害患者を認定・救済する世界初の公害健康被害補償法を制定する立役者となる。

産業界からの批判により二酸化窒素の環境基準が緩和され、責任をとるとして78年退官。その後85年まで筑波大大学院社会医学系教授。

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台湾の著名作家の柏楊(本名:郭衣洞)、肺炎のため台北県の病院で29日死去、88歳。

1920年中国河南省開封生まれ。生後まもなく母が死去。38年国民党の青年団体「三民主義青年団」に参加、中央直属河南北分団主任に就く。46年東北大学政治学科卒業。

中国共産党が勢力を拡大し、49年台湾に移住。夕刊紙「自立晩報」副編集長として連載したコラム「倚夢力叩廚評判になる。台湾芸術専科学校の教授にも就任。60年柏楊のペンネームを使い始める。68年「中華日報」で手掛けた漫画「ポパイ(中国名・大力水手)」の翻訳で「国家元首侮辱罪」に問われ、約9年間入獄。
釈放後に執筆活動を再開し、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルの台湾支部の会長として人権活動にも従事。社会風刺で人気を博し、中国人の国民性を批判した85年の著作「醜い中国人」は日本でも話題となった。

00年中華民国総統府国策顧問に就任。06年齢と健康上の理由から断筆を宣言。
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随筆家の岡部伊都子、肝癌による呼吸器不全のため京都市内の病院で29日死去、85歳。

1923年大阪市生まれ。病気のため相愛高等女学校を中退。沖縄戦で婚約者を失い、46年結婚したが離婚。

54年から放送のラジオ番組「四百字の言葉」の原稿を書き、それをまとめた「おむすびの味」で随筆家デビュー。古都紹介の紀行やエッセーのほか、戦争や差別問題への発言でも知られた。著書に「古都ひとり」「女人の京」「沖縄からの出発」「朝鮮母像」「遺言のつもりで」など。

01年肝臓癌の宣告。05年約30年住んだ京都・賀茂川べりの家からJR京都駅近くのマンションへ転居。蔵書は図書館に寄贈した。

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日本将棋連盟退役棋士8段の小野修一、虚血性心疾患で1月11日死去、49歳。

1958年東京都生まれ。建部和歌夫8段に師事。新人王戦で2度優勝、早指し新鋭戦で優勝など活躍。76年初段、78年4段、03年8段に昇進。07年3月健康を理由に現役引退。通算成績541勝467敗。

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東京大学スキー山岳部監督の新井裕己、3661.jpg
長野・富山県境の北アルプス五竜岳(2814m)で死去、32歳。山頂から約300m下の急斜面で倒れているのを28日朝、長野県警ヘリが発見。山頂付近から滑落したとみられる。

1975年群馬県生まれ。鹿島槍ヶ岳北壁や不帰1峰北壁など、多くの初滑降記録を持つ日本を代表する山岳スキーヤー。東京大学在学中に東京大学総長賞を受賞。クライミングにも精通し、「Rock&Snow」誌に連載を持つ。日本山岳協会選手強化委員を務めていた。著書に「フリークライミング」。
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米ジャズ奏者で作曲家のジミー・ジュフリー(Jimmy Giuffre)、パーキンソン病の合併症による肺炎のためマサチューセッツ州で24日死去、86歳。

1921年ダラス生まれ。9歳からクラリネットを始める。ノーステキサス州教育大で音楽を専攻後、4年間兵役。その後ロサンゼルスに拠点を移し、音楽活動を行う。
ウディ・ハーマン楽団に参加し、47年名曲「フォー・ブラザース」の作曲で世に知られる。クラリネットのほか、サキソフォンなど多くの楽器をこなした。大学などでの後進の指導にも熱心だった。
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英ジャズトランペット奏者のハンフリー・リトルトン(Humphrey Lyttelton)、ロンドンの病院での手術後に25日死去、86歳。

1921年ロンドン郊外ウィンザー生まれ。36年トランペット演奏を始め、学校でバンド活動を開始。41年プロデビュー。48年に自分のバンドを結成、英国を代表するジャズ奏者として活動。今回動脈瘤手術のためにの入院するまで、定期的にツアーを続けていた。

BCCラジオの司会者のほか作家、漫画家としても活躍してきた。

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病気で兵9

歌人で三菱広島・元徴用工被爆者裁判を支援する会共同代表の深川宗俊(本名:前畠雅俊)、肺炎と心不全のため広島市の病院で24日死去、87歳。

広島市生まれ。病気で兵役免除となり、原爆投下の前月に徴用工の指導員として広島市の旧三菱重工業に入社。韓国人徴用工の指導員をしていて被爆する。
戦後、峠三吉らと反戦詩歌人集団を結成し「われらの詩」や「反戦詩歌集」を発行。
73年から1人で韓国人徴用工の調査を始め、補償問題に取り組んだ。

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フィギュアスケート女子で1936年ガルミッシュパルテンキルヘン五輪銀メダルの(Cecilia Colledge)、米マサチューセッツ州ケンブリッジの病院で4月12日死去、87歳。

1920年32年冬季五輪史上最年少の11歳3カ月でレークプラシッド五輪に出場。36年銀メダルを獲得。37年世界選手権で優勝。37-39年まで3度ヨーロッパチャンピオンを獲得。第2次大戦中は国際大会への参加をやめ、その後プロに転向。46-48年までプロの世界大会で3度優勝した。女子で初めて2回転ジャンプを跳び、キャメルスピンやレイバックスピンを考案した。

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陶芸家の青木龍山(本名:青木久重)、肝不全のため福岡県久留米市の久留米大病院で23日死去、81歳。

1926佐賀県生まれ。生家は有田焼の窯元。51年多摩美術大日本画科卒。横浜で高校美術教諭を経験したのち、53年帰郷し創作活動を始める。29年日展に初出品、初入選。その後、黒の釉薬に銀砂や鉄砂を加え、独自の作品を発表した。99年度文化功労者、05年文化勲章を受章した。中国古来の黒色で表現する天目技法の第一人者。
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米ソウル歌手のアル・ウィルソン(Al Wilson)、腎不全のため米カリフォルニア州南部フォンタナの病院で21日死去、68歳。

1939年ミシシッピ州メリディアン生まれ。12歳でカントリー&ウェスタン歌手に。海軍に一時期所属したのち、バンド活動。66年ソロ歌手として新レーベル「ソウル・シティ」と契約。60-70年代にかけて活躍、73年リリースの「ショー・アンド・テル」がヒットし、ビルボード1位となった。
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カトリック枢機卿のアルフォンソ・ロペストルヒッリョ(Alfonso López Trujillo)、糖尿病の合併症のためローマの病院で19日死去、72歳。

1935年コロンビアのトリマ生まれ。ローマの大学で哲学を学んだ後、60年神父に。83年枢機卿となる。90年ローマ法王庁(バチカン)で家庭問題を扱う家庭評議会議長に就任。

バチカンの中絶反対運動を主導し、03年コンドームはエイズなどを予防できるとの誤った認識を広め、逆に性病を蔓延させると主張し、物議を醸した。07年メキシコ市で反中絶国際会議を主宰した。

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八柳鐵郎

キャバレー「エンペラー」元支配人でエッセイストの八柳鐵郎、肝不全のため19日死去、76歳。

1931年樺太大泊町(サハリン・コルサコフ)生まれ。旧制大泊中学校中退。敗戦後、北海道に引き揚げ。帯広市の米軍キャンプなどで働いたのち、キャバレーやクラブなどを経営する札幌市の青木商事に入社。札幌・ススキノの老舗キャバレー「エンペラー」(06年閉店)の支配人を務めた。

一方で、ススキノに生きるホステスの生活を題材にしたエッセイ「すすきのの女たち」を発表。ほか、テレビの人生相談などで知られた。

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元全国労働組合総連合議長の大江洸、頬粘膜がんのため17日死去、78歳。

1929年京都府生まれ。同志社大学を卒業。京都府庁、元自治労連委員長、元全労連議長。その後、労働総研(労働運動総合研究所)代表理事。

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