Today's Obituary

プレス用金型、ICリードフレーム製造大手の三井ハイテックの創業者で会長の三井孝昭、10日死去、87歳。
1921年熊本県八代市生まれ。36安川電機製作所(現:安川電機)に入社、金型工となる。
48年に独立して、福岡県八幡市(現:北九州市)で三井工作所(現:三井ハイテック)を創業。3人からスタートし、金型を軸に事業を拡大。その技術を精密製品作りに取り入れ、半導体部品の量産を実現。同社を半導体用リードフレームで世界トップクラスの企業に育てた。
84年福岡証券取引所に上場、91年東京証券取引所一部にも上場した。
90年専務だった娘婿の永田敏に後任を託し会長に就任。94年業績不振のため永田社長を専務に降格、三井が社長を兼務。98年再び永田は社長に就任したが、02年大規模合理化策の責任を取って退任。三井は三度社長についた。
04年トヨタ自動車出身の坂上隆紀副社長(当時)に社長を引き継ぎ、会長に退く。

米一流モデルだったドリアン・レイ(Dorian Leigh)、7日死去、91歳。
1917年サン・アントニオ生まれ。ヴァージニア州のラルフ・マコン女子大卒業。在学中に最初の決行をするが37年離婚。その後ニューヨーク大学で学ぶ。
40年代後半から60年代初頭にかけ、トップモデルとして活躍。たびたびヴォーグ紙の表紙を飾るなど、世界初のスーパーモデルともいえる存在だった。レブロンの化粧品のイメージモデルとして有名。
映画「ティファニーで朝食を」「パリの恋人」で主演のオードリー・ヘップバーンが、そのイメージ作りの参考にした人物といわれる。
50年写真家のリチャード・アベドンがレイの写真を撮影。フランスの自転車競争の優勝者に彼女が泣きながら腕をひろげて抱きつこうとする写真で、これをきっかけにアベドンはと特異な感覚を目覚めさせたともいう。
モデル引退後はパリでモデル事務所を開設。しかし、4度目の夫違法行為の責任を取って事務所閉鎖。70-80年代にかけパリヤニューヨーク、イタリアでレストラン経営などに携わる。80年自伝出版。

物理学者で東京大学特別栄誉教授の戸塚洋二、多臓器不全のため千葉県柏市の病院で10日死去、66歳。
1942年静岡県生まれ。静岡県立富士高校から、東京大学理学部物理学科へ。72年同大大学院理学系研究科博士課程修了。東大理学部助手、助教授を経て87年教授に就任。88年東京大学宇宙線研究所教授。95年神岡宇宙素粒子研究施設長。97年より東京大学宇宙線研究所長。
この間、岐阜県飛騨市の鉱山地下にニュートリノ観測装置スーパーカミオカンデの建設に携わる。宇宙線が地球の大気にぶつかり発生する「大気ニュートリノ」を観測。ニュートリノが飛行中に別の種類に変わる現象を発見した。98年ニュートリノ振動を確認し、ニュートリノに質量があることを世界で初めて示した。素粒子の標準理論に修正を迫る成果で、ノーベル賞受賞が期待されていた。
01年スーパーカミオカンデの光電子増倍管の70%を損失する大規模破損事故が発生。その責任をとって、東京大学を辞職。
02年、高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所教授に。03−06年まで高エネルギー加速器研究機構長。
07年米国版ノーベル賞ともいわれるベンジャミン・フランクリン・メダル(物理学部門)を受賞。このほか仁科記念賞、紫綬褒章、文化勲章などを受けた。
漫画家の森哲郎(本名:正衛)、胃癌のため静岡県伊東市内の病院で9日死去、79歳。

1928年名古屋市生まれ。名古屋市昭和区生まれ。名古屋タイムズ嘱託、中日新聞専属執筆を経て、60年上京。コミック漫画十数誌に連載を始める。週刊漫画創刊号から代表作「サラリーマン太閤記」など15年間連載。 週刊明星に「ダンプ、ヒップ、バンプ」連載、大映で映画化された。62年手塚治虫らと長編漫画研究会を結成する。
75年「劇画秩父事件」「劇画日本国憲法」を出版し、反響を呼ぶ。80年「中国描きある記」を出版、以降中国をテーマに描き続ける。
このほか社会派漫画家として「マンガ『論語』完全入門」「劇画・日本国憲法全五部作」「マンガ孫子の兵法」などを描いた。

1928年名古屋市生まれ。名古屋市昭和区生まれ。名古屋タイムズ嘱託、中日新聞専属執筆を経て、60年上京。コミック漫画十数誌に連載を始める。週刊漫画創刊号から代表作「サラリーマン太閤記」など15年間連載。 週刊明星に「ダンプ、ヒップ、バンプ」連載、大映で映画化された。62年手塚治虫らと長編漫画研究会を結成する。
75年「劇画秩父事件」「劇画日本国憲法」を出版し、反響を呼ぶ。80年「中国描きある記」を出版、以降中国をテーマに描き続ける。
このほか社会派漫画家として「マンガ『論語』完全入門」「劇画・日本国憲法全五部作」「マンガ孫子の兵法」などを描いた。
国文学者で元国文学研究資料館長、京大名誉教授の佐竹昭広、肝細胞癌のため東京都の病院で1日死去、80歳。
1927年東京都生まれ。52年京都大学文学部国文学科卒業。京都大学名誉教授。著書に「萬葉集抜書」「下剋上の文学」「民話の思想」「酒呑童子異聞」ほか、「新日本古典文学大系」などの共同編著者。古代文学から中世・近世文学について、作品の分析と解釈に新しい発見をもたらした。
1927年東京都生まれ。52年京都大学文学部国文学科卒業。京都大学名誉教授。著書に「萬葉集抜書」「下剋上の文学」「民話の思想」「酒呑童子異聞」ほか、「新日本古典文学大系」などの共同編著者。古代文学から中世・近世文学について、作品の分析と解釈に新しい発見をもたらした。


