weblog 死亡欄

秀でた功績を残された方々の死亡情報、およびその経歴をお届けしています。 -敬称略-
ビリー・テイラー


米ジャズピアニストのビリー・テイラー(Billy Taylor)、心不全のためニューヨーク・マンハッタンの病院で28日死去、89歳。

1921年ノースキャロライナ州グリーンヴィル生まれ。バージニア州立大学で音楽を万尾、43年ニューヨークに移る。
49年からバードランドの専属ピアニストとして活動。51年トリオを結成。65年子供の教育用にハーレム・ベースド・コンサート・グループを結成。69年TV番組「デヴィット・フロスト・ショウ」で黒人初の音楽監督を務めた。クラシックを取り入れたスタイルで知られる。
代表的な曲に「I Wish」を生み出しているが、残念ながらジャズ・ファン以外には、テイラー本人はあまり知られていない。


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伊藤正己
元最高裁判事で東京大学名誉教授の伊藤正己、呼吸不全のため東京都新宿区の病院で27日死去、91歳。

1919年兵庫県出身。東京帝国大学法学部卒業。戦時中は特別研究生に選ばれ、徴兵を免れた。54年米ハーバード大学、スタンフォード大学に留学。東京大学法学部教授を経て、89年最高裁判事に就任。89年退官。

最高裁で関与した81年「大阪空港騒音訴訟」大法廷判決で「行政事件の公権力行使として、抗告訴訟で救済を求めるべき」とする補足意見を付した。88年「自衛官合祀訴訟」の大法廷判決では、「自衛隊の行為は違憲」とする反対意見を付した。このほか表現・信教の自由が争点となった裁判で独自の見解を打ちだした。専門は英米法、憲法。

元住友商事社長の伊藤正は弟。
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峯山冨美
北海道小樽市の小樽運河保存運動に尽力した「小樽運河を守る会」元会長の峯山冨美、消化管出血のため29日死去、96歳。

1914年北海道真狩村生まれ。小樽高等女学校師範科を卒業。三菱商事を経て、小樽市立北手宮小教諭となる。66年市議会が可決した道道建設に伴う運河埋め立てに反対し、73年「小樽運河を守る会」に参加、78-84年まで会長を務める。運動の高まりを受け、埋め立ては半分に縮小された。小樽運河と石造倉庫群の保存に関わる市民運動により、2008年度の日本建築学会「文化賞」を受賞。
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竜鉄也


演歌歌手の竜鉄也(本名:田村鉄之助)、蜘蛛膜下出血のため岐阜県高山市の病院で28日死去、74歳。

1936年奈良県出身。幼少時に岐阜県上宝村(現:高山市)に転居。中学2年で失明。手術を受け視力回復に務める。
61年26歳で再び失明。その頃より音楽の勉強を始め、演歌師として出発する。奥飛騨地方を中心に演歌師を続ける。

80年デビュー曲「奥飛騨慕情」がヒットし、翌年NHK紅白歌合戦に出場。約10年前に蜘蛛膜下出血で倒れ、療養していた。
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リナ・ロメイ


米歌手で女優のリナ・ロメイ(Lina Romay)、17日死去、91歳。

1919年ブルックリン生まれ。40年代初頭からビア・クガート楽団のリードシンガーとして活動。42年映画「晴れて今宵は」に出演。「姉妹と水兵」「冒険」「大車輪」「どたばたハネムーン」などに出演するが、53年「銃の後に立つ男」を最後に映画を引退。70年代後半から80年代はスペイン語ラジオ局のアナウンサーとして活動する。
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石田武
日本画家の石田武(本名:石田武雄)、腎不全のため横浜市の病院で24日死去、88歳。

1922年京都市出身。40年京都市立美術工芸学校卒業。日本画を森守明に、洋画を太田喜二郎に学ぶ。アフリカやヨーロッパで動物の生態を研究し、児童書の挿絵や動物図鑑のイラストなどを描く。その後、日本画家に転身。73年山種美術館賞展で大賞を受賞した。
 美術・舞踊(国内) コメント(0)
宅間宏


物理学者で電気通信大学名誉教授の宅間宏、心不全のため東京都の自宅で27日死去、80歳。

1930年東京都出身。69年東京大学物理工学科卒。74年同大学院理学系研究科博士課程を修了(理学博士)。財団法人の研究所を経て、83年電気通信大学に移る。レーザー研究のパイオニアとして知られる。
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安宇植


文芸評論家で桜美林大学名誉教授の安宇植(An Ushiku)、肺炎のため22日死去、78歳。

1932年東京都出身。早稲田大学中退。朝鮮大学校教師、新潟産業大学教授をへて、99年桜美林大学教授に就任。翻訳を通じて、朝鮮半島の文学を数多く日本に紹介した。

82年尹興吉「母(エミ)」で日本翻訳文化賞をい受賞。
訳書に「李陸史詩集」、韓竜雲「ニムの沈黙」など。著作に「金史良―その抵抗の生涯」「天皇制と朝鮮人」など。
 文芸(国内) コメント(0)
バド・グリーンスパン


米映画監督のバド・グリーンスパン(Bud Greenspan)、パーキンソン病のためニューヨークの自宅で25日死去、84歳。

1926年ニューヨーク出身。ラジオ局で働きながら、ニューヨーク大学に通う。第2次大戦中は米軍で諜報活動に従事。戦後ラジオ局でスポーツ番組のディレクターとなる。50年代から記録映画などを発表。
その後、長野冬季五輪の公式記録映画「名誉と栄光の物語」をはじめ、84年ロサンゼルス五輪など記録映画・番組を数多く製作。エミー賞を8回受賞した。

85年IOCのサマランチ会長からオリンピック勲章が贈られた。
映画会社キャピー・プロダクション社長。
 映画製作(foreign) コメント(0)
ティーナ・マリー


米歌手のティーナ・マリー(Teena Marie)、心臓発作のためカリフォルニア州の26日自宅で死去、54歳。

1956年カリフォルニア州サンタモニカ生まれ。モータウンでデビュー。白人の女性ソウル歌手として広く支持され、「レディ・ティー」(Lady T(ee))の名で知られる。
ヒット曲に「ラブガール」「スクエア・ビズ」「ポルトガルの恋」など。
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ホルヘ・ブランコ


元ドミニカ共和国大統領ホルヘ・ブランコ(Jorge Blanco)、首都サントドミンゴの自宅で26日死去、84歳。

1926年サンティアゴデロスカバジェロス生まれ。77年ドミニカ革命党党首。上院議員を経て、82-86年まで大統領を務める。

91年在任中の公金横領の罪などで禁錮20年の評決を受ける。01年上訴審で審理の進め方に問題があったとして有罪評決は無効になった。
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大高正人
建築家の大高正人、老衰のため8月20日死去。86歳。

1923年福島県三春町出身。東京大学大学院を修了。前川國男建築事務所に入所し、その後独立。60年前衛建築運動のメタボリズム・グループに参加。広島市基町地区など各地の都市開発に携わる。68年千葉県文化会館で日本建築学会賞作品賞、69年栃木県議会棟庁舎で芸術選奨文部大臣賞を受賞。このほか千葉県立中央図書館、群馬県立歴史博物館など多数の公共建築を手掛けた。
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カルロス・ペレス


ベネズエラ元大統領のカルロス・ペレス(Carlos Andrés Pérez)、米フロリダ州マイアミの病院で25日病死、88歳。

1922年ベネズエラのルビオ生まれ。民主行動党(AD)に入党。41年から政治活動に入り、下院議員などを務める。74-79年まで、さらに89-93年までの2度大統領を務めた。2期目の政権では経済開放政策で所得格差が拡大、国民の不満が増大し、首都カラカスで暴動が発生した。自身も公金横領の罪で解職される。

96年自宅軟禁2年4月の有罪判決を受け、同国民政史上、大統領経験者が現職時の汚職を問われ初めて有罪が確定した。
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ロイ・ニューバーガー


米投資家で絵画収集家のロイ・ニューバーガー(Roy R. Neuberger)、ニューヨーク市内の高級ホテルにある自宅で24日死去、107歳。

1903年米コネティカット州ブリッジポート生まれ。ニューヨーク大学を1年で中退。29年ニューヨークの金融街ウォールストリートにある証券仲介業者に雇われる。39年現在の投資運用会社ニューバーガー・バーマン・グループを設立。29年、87年、08年の米金融危機をすべて体験したことでも知られる。

絵画収集家としても知られ、20歳の頃パリに渡り、ボヘミアン生活を送りながらも週3度はルーブル美術館を訪れた。エイブリーやポロックら現代画家、彫刻家の作品を収集。ニューヨーク市近郊にあるニューバーガー美術館を中心に全米24州の70カ所余りで展示。
 
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別府隆彦
元明治大学野球部監督の別府隆彦、間質性肺炎のため東京都新宿区の病院で25日死去、86歳。

北海道旭川市出身。明大の名物監督だった島岡吉郎の後を継いで、88年監督就任。95年まで務めた。監督在任期間中に東京六6大学リーグで度優勝4。95年川上憲伸投手を擁し明治神宮大会で優勝した。

就任直後の89年東京6大学野球史上初の女子マネジャーを採用。95年秋の東大戦ではリーグ初の女子選手で米国人のジョディ・ハーラー投手を登板させた。
監督退任後は総監督も務めた。
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