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酒井一

三重大学名誉教授の酒井一、肝不全のため1月9日死去、79歳。1931年大阪市生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得。大阪府立大学助手、龍谷大学助教授・教授をへて、三重大学教授に就任。その後、天理大学教授、奈良大学嘱託教授を歴任。専門は日本近世史。75年大塩平八郎の乱について研究する「大塩事件研究会」の設立とともに会長に就任。... 三重大学名誉教授の酒井一、肝不全のため1月9日死去、79歳。<br /><br />1931年大阪市生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得。大阪府立大学助手、龍谷大学助教授・教授をへて、三重大学教授に就任。その後、天理大学教授、奈良大学嘱託教授を歴任。専門は日本近世史。<br />75年大塩平八郎の乱について研究する「大塩事件研究会」の設立とともに会長に就任。<br /><br />
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3541

デューク・スナイダー

元米ダイリーガーのデューク・スナイダー(Duke Snider)、老衰のためカリフォルニア州の病院で27日死去、84歳。1926年ロサンゼルス生まれ。44年マイナーリーグ入団。47年ブルックリン・ドジャースでメジャーデビュー。49年23本塁打、92打点。50年31本塁打、107打点で初のオールスター出場。55年打率.309、42本塁打、130打点(打点王)で、チームのリーグ優勝に貢献。56年自己最多の43本塁打を放ち、本塁打王獲得。同年球団史上初の... <img height="169" width="135" src="http://www.riflemanconnors.com/baseball/duke_snider.jpg" alt="" /><br /><br />元米ダイリーガーのデューク・スナイダー(Duke Snider)、老衰のためカリフォルニア州の病院で27日死去、84歳。<br /><br />1926年ロサンゼルス生まれ。44年マイナーリーグ入団。47年ブルックリン・ドジャースでメジャーデビュー。49年23本塁打、92打点。50年31本塁打、107打点で初のオールスター出場。55年打率.309、42本塁打、130打点(打点王)で、チームのリーグ優勝に貢献。56年自己最多の43本塁打を放ち、本塁打王獲得。同年球団史上初のワールドチャンピオンとなる。63年ニューヨーク・メッツ、64年サンフランシスコ・ジャイアンツに移籍。同年現役引退。<br /><br />80年野球殿堂入り。ドジャース時代の背番号「4」は永久欠番。ドジャースでの通算記録は389本塁打、1271打点、三振1123、長打814はいずれも球団記録。
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3540

エルビン・ルカーチ

ハンガリーの指揮者エルビン・ルカーチ(Ervin Lukacs)、ブダペストで18日死去、82歳。1928年ブダペスト生まれ。バルトーク音楽学校、リスト音楽学校で学ぶ。ハンガリー国立歌劇場の専属指揮者、音楽総監督などを歴任。75年から日本フィルハーモニー交響楽団で客演し、首席客演指揮者を務め、06年名誉指揮者の称号を得る。... <img width="140" height="140" alt="" src="http://www.japanphil.or.jp/eng/orchestra/conductor/image/p_05.jpg" /><br /><br />ハンガリーの指揮者エルビン・ルカーチ(Ervin Lukacs)、ブダペストで18日死去、82歳。<br /><br />1928年ブダペスト生まれ。バルトーク音楽学校、リスト音楽学校で学ぶ。ハンガリー国立歌劇場の専属指揮者、音楽総監督などを歴任。75年から日本フィルハーモニー交響楽団で客演し、首席客演指揮者を務め、06年名誉指揮者の称号を得る。
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3539

ネジメティン・エルバカン

元トルコ首相のネジメティン・エルバカン(Necmettin Erbakan)、トルコの首都アンカラの病院で27日死去、84歳。1926年トルコ・シノップ生まれ。48年イスタンブール工科大学を卒業。95年イスラム主義政党「福祉党」を率いて総選挙で第1党となる。96年首相に就任し、トルコ初のイスラム主義政党を率いた。97年軍の圧力などで辞任。98年憲法裁判所の命令で福祉党解党。その際に書類を改竄し党資金を横領したなどとして、その後有罪判... <img width="150" height="84" alt="" src="http://www.gazeten.com/wp-wp-content/uploads/2010/10/NecmettinErbakan.jpg" /><br /><br />元トルコ首相のネジメティン・エルバカン(Necmettin Erbakan)、トルコの首都アンカラの病院で27日死去、84歳。<br /><br />1926年トルコ・シノップ生まれ。48年イスタンブール工科大学を卒業。95年イスラム主義政党「福祉党」を率いて総選挙で第1党となる。96年首相に就任し、トルコ初のイスラム主義政党を率いた。97年軍の圧力などで辞任。<br /><br />98年憲法裁判所の命令で福祉党解党。その際に書類を改竄し党資金を横領したなどとして、その後有罪判決を受けた。
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3538

大平隆洋

彫刻家の大平隆洋、肝臓癌のため東京都北区の病院で24日死去、74歳。仙台市出身。59年東京芸術大学彫刻科を卒業。二科展、刻展などで作品を発表。75年総理大臣賞を受賞。92年まで二科会。著書に「美のしくみ」。... 彫刻家の大平隆洋、肝臓癌のため東京都北区の病院で24日死去、74歳。<br /><br />仙台市出身。59年東京芸術大学彫刻科を卒業。二科展、刻展などで作品を発表。75年総理大臣賞を受賞。92年まで二科会。著書に「美のしくみ」。
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3537

伊藤研一

伊藤ハム最高顧問で元社長・会長の伊藤研一、肺炎のため20日死去、73歳。1937年兵庫県出身。伊藤ハム創業者・伊藤傳三の長男。慶応大学経済学部を卒業。65年伊藤ハムに入社。81年社長に就任。02年会長に就任。... 伊藤ハム最高顧問で元社長・会長の伊藤研一、肺炎のため20日死去、73歳。<br /><br />1937年兵庫県出身。伊藤ハム創業者・伊藤傳三の長男。慶応大学経済学部を卒業。65年伊藤ハムに入社。81年社長に就任。02年会長に就任。
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3536

石田比呂志

歌人の石田比呂志、脳出血のため熊本市内の病院で24日死去、80歳。1930年福岡県小波瀬村(現:苅田町)生まれ。34年「未来」に入会し,近藤芳美に師事。44年旧制福岡県立豊津中学校を退学。54年投稿歌が「毎日歌壇」に掲載される。55年第1回「角川短歌賞」に入選。65年第1歌集「無用の歌」を出版。「未来年間賞」を受賞。78年第4歌集「琅(かん)」で熊日文学賞を受賞。85年「手花火」三十首により短歌研究賞を受賞した。「牙」短歌... 歌人の石田比呂志、脳出血のため熊本市内の病院で24日死去、80歳。<br /><br />1930年福岡県小波瀬村(現:苅田町)生まれ。34年「未来」に入会し,近藤芳美に師事。44年旧制福岡県立豊津中学校を退学。54年投稿歌が「毎日歌壇」に掲載される。55年第1回「角川短歌賞」に入選。65年第1歌集「無用の歌」を出版。「未来年間賞」を受賞。78年第4歌集「琅(かん)」で熊日文学賞を受賞。85年「手花火」三十首により短歌研究賞を受賞した。「牙」短歌会を主宰。
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3535

松原一枝

作家の松原一枝(本名:古田一枝)、心不全のため東京都港区の病院で1月31日死去、95歳。1916年山口県生まれ。大連育ち。福岡女子高等専門学校卒業。同人誌「こをろ」で文筆活動を開始。45年結婚、5年後に夫と死別。大蔵事務官をつとめながら創作を続け、70年詩人矢山哲治を描いた「お前よ美しくあれと声がする」で田村俊子賞を受賞。他の著書に「藤田大佐の最後」「文士の私生活 昭和文壇交友録」など。... <img width="107" height="140" alt="" src="http://202.218.112.138/images/writer/3645.jpg" /><br /><br />作家の松原一枝(本名:古田一枝)、心不全のため東京都港区の病院で1月31日死去、95歳。<br /><br />1916年山口県生まれ。大連育ち。福岡女子高等専門学校卒業。同人誌「こをろ」で文筆活動を開始。45年結婚、5年後に夫と死別。大蔵事務官をつとめながら創作を続け、70年詩人矢山哲治を描いた「お前よ美しくあれと声がする」で田村俊子賞を受賞。<br />他の著書に「藤田大佐の最後」「文士の私生活 昭和文壇交友録」など。
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3534

藤平典

日本原水爆被害者団体協議会(被団協)代表委員の藤平典、胆嚢癌のため東京都内の病院で24日死去、82歳。栃木県出身。45年広島高等師範学校(現:広島大教育学部)在学中に勤労動員先の工場で被爆。戦後、東京で中学校の社会科教師となるが、被爆体験は隠し、被爆者健康手帳も取得しなかった。62年父の葬儀で帰郷の際に当時の日記帳を見つけたのを機に、被爆者運動に参加。東京都原爆被害者団体協議会(東友会)事務局長を務める。... <img width="135" height="180" alt="" src="http://www4.ocn.ne.jp/~t-hibaku/hibakusya/toyu/08/279/img/touhei1.jpg" /><br /><br />日本原水爆被害者団体協議会(被団協)代表委員の藤平典、胆嚢癌のため東京都内の病院で24日死去、82歳。<br /><br />栃木県出身。45年広島高等師範学校(現:広島大教育学部)在学中に勤労動員先の工場で被爆。戦後、東京で中学校の社会科教師となるが、被爆体験は隠し、被爆者健康手帳も取得しなかった。<br />62年父の葬儀で帰郷の際に当時の日記帳を見つけたのを機に、被爆者運動に参加。東京都原爆被害者団体協議会(東友会)事務局長を務める。75年被爆者の子供(被爆2世)の医療費を助成する都道府県初の被爆者援護条例を実現させた。その後、東友会の会長などを歴任。<br />00年全国で3人の被団協代表委員のひとりとなり、被団協が09年に出版した「ふたたび被爆者をつくるな――日本被団協50年史」の編集長を務めた。<br />
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3533

はまみつを

童話作家のはまみつを(本名:浜光雄)、肺炎のため松本市の病院で22日死去、77歳。1933年長野県塩尻市出身。信州大学教育学部修了。「とうげの旗」創刊に参加し、創作活動に専念。処女作「わが母の肖像」。信州児童文学会会長を務めた。「春よこい」で赤い鳥文学賞、「レンゲの季節」で塚原健二郎文学賞、「赤いヤッケの駅長さん」で産経児童出版文化賞を受賞。主な作品に「赤いヤッケの駅長さん」「霧の彼方へ」「鬼の話」など。... <img width="130" height="194" alt="" src="http://sarada-t.sakura.ne.jp/sblo_files/sarada-t/image/h-mitsuo.jpg" /><br /><br />童話作家のはまみつを(本名:浜光雄)、肺炎のため松本市の病院で22日死去、77歳。<br /><br />1933年長野県塩尻市出身。信州大学教育学部修了。「とうげの旗」創刊に参加し、創作活動に専念。処女作「わが母の肖像」。信州児童文学会会長を務めた。<br />「春よこい」で赤い鳥文学賞、「レンゲの季節」で塚原健二郎文学賞、「赤いヤッケの駅長さん」で産経児童出版文化賞を受賞。主な作品に「赤いヤッケの駅長さん」「霧の彼方へ」「鬼の話」など。
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清水慶一

国立科学博物館産業技術史資料情報センター参事の清水慶一、肺癌のため20日死去、60歳。1950年大阪市生まれ。生産工学部建築工学科卒業。同大学院修了。工学博士。国立科学博物館産業技術史資料情報センターに務める。近代産業技術史研究の草分けで、各地の近代化遺産を調査した。著書に「建築はじめて物語」「ニッポン近代化遺産の旅」など。... 国立科学博物館産業技術史資料情報センター参事の清水慶一、肺癌のため20日死去、60歳。<br /><br /><br />1950年大阪市生まれ。生産工学部建築工学科卒業。同大学院修了。工学博士。国立科学博物館産業技術史資料情報センターに務める。近代産業技術史研究の草分けで、各地の近代化遺産を調査した。著書に「建築はじめて物語」「ニッポン近代化遺産の旅」など。
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小山弘志

東京大学名誉教授で元国文学研究資料館館長の小山弘志、肺炎のため東京都新宿区の病院で16日死去、90歳。1921年東京都出身。43年東京帝国大学国文科卒。東京大学教養学部教授を務め、81年退官。その後、国文学研究資料館館長を務めた。専門は能、狂言の研究。編著に「日本の古典芸能における演出」など。... 東京大学名誉教授で元国文学研究資料館館長の小山弘志、肺炎のため東京都新宿区の病院で16日死去、90歳。<br /><br />1921年東京都出身。43年東京帝国大学国文科卒。東京大学教養学部教授を務め、81年退官。その後、国文学研究資料館館長を務めた。専門は能、狂言の研究。編著に「日本の古典芸能における演出」など。
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尾糠政美

原爆投下翌日の広島の被爆者を撮影したカメラマンの尾糠政美、肺炎のため島根県邑南町の病院で18日死去、89歳。1922年島根県出身。陸軍船舶司令部写真班員だった45年、爆心地から約4kmの司令部で被爆。翌日から救護所の被爆者や市街地の惨状を撮影した。... 原爆投下翌日の広島の被爆者を撮影したカメラマンの尾糠政美、肺炎のため島根県邑南町の病院で18日死去、89歳。<br /><br />1922年島根県出身。陸軍船舶司令部写真班員だった45年、爆心地から約4kmの司令部で被爆。翌日から救護所の被爆者や市街地の惨状を撮影した。
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片山雅博

アニメーション作家で多摩美大学教授の片山雅博、肺炎のため東京都内の病院で12日死去、56歳。1955東京都出身。日本大学・文理学部中退。日本アニメーション協会常任理事・事務局長、日本アニメーション学会理事などを歴任。「つみきのいえ」でアカデミー賞短編アニメ賞を受賞した加藤久仁生監督らを指導した。... <img width="138" height="200" alt="" src="http://topface.s3.amazonaws.com/220618/main.200.jpg?1298301683" /><br /><br />アニメーション作家で多摩美大学教授の片山雅博、肺炎のため東京都内の病院で12日死去、56歳。<br /><br />1955東京都出身。日本大学・文理学部中退。日本アニメーション協会常任理事・事務局長、日本アニメーション学会理事などを歴任。「つみきのいえ」でアカデミー賞短編アニメ賞を受賞した加藤久仁生監督らを指導した。
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大道あや

日本画家の大道あや(本名:大道アヤコ)、心不全のため広島市中区の自宅で昨年9月14日死去、101歳。1909年広島市安佐北区出身。兄は「原爆の図」で知られる画家、丸木位里。安田高等女学校を卒業。36歳で広島原爆爆心から約2.5kmの自宅で被爆。広島で美容師の生活を送る。60歳で絵を描き始め、ほどなく上京。埼玉県東松山市にある丸木位里、俊夫妻の「原爆の図丸木美術館」に住む。院展や女流画家協会展で入選。75年初の絵本「ねこ... 日本画家の大道あや(本名:大道アヤコ)、心不全のため広島市中区の自宅で昨年9月14日死去、101歳。<br /><br />1909年広島市安佐北区出身。兄は「原爆の図」で知られる画家、丸木位里。安田高等女学校を卒業。36歳で広島原爆爆心から約2.5kmの自宅で被爆。広島で美容師の生活を送る。<br />60歳で絵を描き始め、ほどなく上京。埼玉県東松山市にある丸木位里、俊夫妻の「原爆の図丸木美術館」に住む。院展や女流画家協会展で入選。75年初の絵本「ねこのごんごん」で出版、76年「こえどまつり」で世界絵本原画展・優良賞を受賞。79年埼玉県越生町に自身の絵を展示するオッペ美術館を開設。91歳で初めて被爆体験の絵を描き、絵本「ヒロシマに原爆がおとされたとき」として出版。03年広島に戻る。
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