
11月16日、心臓疾患のため自宅のあるサンフランシスコで、米国の経済学者ミルトン・フリードマン(Milton Friedman)死亡。94歳だった。
ケインズが提唱した財政出動ではなく、市場原理を重視する「小さな政府」を主張。1980年代には米レーガン政権や英サッチャー政権おいて、フリードマン理論は経済政策の支柱的役割を果たした。代表的著書に夫人との共著 「選択の自由―自立社会への挑戦」(Program for Monetary Stability」などがある。
1912年7月、ニューヨーク生まれ。 ラトガーズ大学で学士、シカゴ大学で修士、コロンビア大学でサイモン・クズネッツの指導を受け博士号を取得。60年代後半からケインズ批判を展開した。通貨供給量と利子率によって景気循環が決定するというのがフリードマンの考えで、「サプライサイド・エコノミクス」「マネタリスト」の筆頭として注目される。
30年に渡ってシカゴ大学教授(1946-76)を勤め、76年にノーベル経済学賞を受賞。のちにコロンビア大学教授も勤める。80年代には共和党ブレーンとしてレーガン政権初期の経済政策などに関与。日本の行財政改革にも大きな影響を与える。
それにしても一人の経済学者の詩が、各紙一面で報じられることはそう多くない。70-80年代にかけて経済学をかじった者としては、すでにノーベル賞を受賞していたとはいえフリードマンの名は少々批判をともなって入ってきた感がある。ケインズ派との理論闘争はすでに決着がついていたが、宇沢弘文らはあからさまな嫌悪感を示していた。しかし、80年代になるとシカゴ派もまたその主役を新古典派に譲っていった。
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