1933年全国中等学校優勝野球大会(現:全国高等学校野球選手権大会)の準決勝で中京商(現:中京大中京高)と延長25回を戦った元明石中二塁手の嘉藤栄吉、前立腺癌で28日死去、90歳。
兵庫県明石市生まれ。33年夏の準決勝では、0-0で迎えた延長25回裏無死満塁で二塁ゴロを処理し。バックホームの送球がわずかにそれ、サヨナラの走者が生還した。結果、愛知の中京商に0-1で敗れた。球史に残る4時間55分の熱戦だった。
卒業後、旧満州(中国東北部)の実業団チームで活躍。戦後は内外ゴム(明石市)で硬式球の感覚に近い準硬式球「トップボール」の開発に尽力し、国内に広く普及させた。
当時の甲子園出場メンバーで最後の生存者だった。
兵庫県明石市生まれ。33年夏の準決勝では、0-0で迎えた延長25回裏無死満塁で二塁ゴロを処理し。バックホームの送球がわずかにそれ、サヨナラの走者が生還した。結果、愛知の中京商に0-1で敗れた。球史に残る4時間55分の熱戦だった。
卒業後、旧満州(中国東北部)の実業団チームで活躍。戦後は内外ゴム(明石市)で硬式球の感覚に近い準硬式球「トップボール」の開発に尽力し、国内に広く普及させた。
当時の甲子園出場メンバーで最後の生存者だった。
この記事のトラックバックURL
http://bohyo.blog84.fc2.com/tb.php/1110-2f2caf30
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
