
1984年夏の甲子園優勝投手の石田文樹(プロ野球登録名:石田大也=いしだ・ともや)、直腸癌のため横浜市保土ケ谷区の病院で15日死去、41歳。
66年茨城県生まれ。83年春、84年春・夏と甲子園にエースとして出場。84年夏は決勝で清原和博(オリックス)や桑田真澄(元巨人)らを擁する大阪・PL学園を下し優勝した。
早稲田大学にスポーツ特待生として進学するが、同大野球部退部と共に半年で中退。社会人の日本石油に入社。88年ドラフトで横浜大洋ホエールズ5位指名を受け入団。中継ぎ投手として働いた。94年「大也」に改名するも同年秋引退。その後横浜に残留し、打撃投手に転向。98年名前を「文樹」に戻した。プロ通算は25試合登板、1勝0敗。
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