政財界から文化・スポーツまで、秀でた功績を残した人々の死亡記事-obituary-で綴るブログ「死亡欄」。(敬称略)
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評論家でエッセイストの俵萠子(本名:中野萠子)、肺炎のため東京都渋谷区の病院で27日死去、77歳。

1930年大阪市生まれ。父は建築家の中野順次郎。大阪外国語大学フランス語学科を卒業。産経新聞社で記者として勤務後、65年退社。77年日本社会党参議院議員田中寿美子・評論家吉武輝子らとともに「政治を変えたい女たちの会」を結成。同年参院選に革新自由連合公認で東京都選挙区から立候補するが落選。81−85年日本初の準公選で東京都中野区教育委員を務めた。

01年自らの乳癌体験から乳房をなくした女性らが温泉にいっしょに入浴し、交流を深めるグループを結成。06年全国の癌患者団体で組織する「がん患者団体支援機構」の理事長となる。

主な著書に「子どもの世話にならずに死ぬ方法」「俵萠子の教育委員日記」など。

産経新聞時代の同僚・俵孝太郎と結婚し1男1女をもうけたが離婚。戸籍上は旧姓の「中野」に戻したが筆名として「俵」の名字を使用している。




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