政財界から文化・スポーツまで、秀でた功績を残した人々の死亡記事-obituary-で綴るブログ「死亡欄」。(敬称略)

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自民党元衆院議員で第78代内閣総理大臣の宮澤喜一、老衰のため東京都渋谷区の自宅で28日死去、87歳。

1919年東京生まれ。41年東京帝国大学法学部卒。翌年大蔵省に入省。沼津税務署長などを経て、終戦時は本省で戦争保険を担当。49年池田勇人蔵相秘書官として、サンフランシスコ講和条約の下交渉に携わった。

池田の勧めで政界入りを決意し、53年参院で初当選。67年衆院に鞍替えし、以来連続12回当選。経企庁長官、通産相、外相、官房長官、自民党総務会長などを務めた。
86年9月前首相(当時)の鈴木善幸から池田派に連なる「宏池会」を継承。下内閣の副総理・蔵相だった88年12月リクルートコスモス未公開株取得に関する問題で辞任。

91年11月竹下派(当時)の支援を受け、72歳で首相就任。政治改革法案の取りまとめに失敗し、93年6月野党提出の内閣不信任決議案が自民党内の造反で可決。衆院解散に打ってでたが過半数を確保できず、責任を取り同年8月退陣。
その後、細川護煕による非自民の連立政権が誕生し、「55年体制」の幕引き役となった。

その後、小渕・森内閣で、蔵相・財務相に就任。「平成の高橋是清」ともてはやされたが、バブル崩壊後の経済再生は果たせなかった。
03年10月小泉純一郎前首相の要請を受け入れ衆院議員を引退。




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