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新藤兼人



映画監督で脚本家の新藤兼人(本名:新藤兼登)、老衰のため29日死去、100歳。



1912年広島県石内村(現:広島市佐伯区)生まれ。34年京都に転居。新興キネマ現像部でフィルム乾燥の仕事をえる。
同現像部の東京移転に同行、美術助手となる。「南進女性」で脚本家デビュー。44年所属していた興亜映画が松竹大船撮影所に吸収され、脚本部へ移籍。同年召集。

50年松竹を退社、独立プロダクションの先駈けとなる「近代映画協会」を吉村公三郎や殿山泰司らと設立。51年39歳のとき「愛妻物語」で監督デビュー。51年「偽れる盛装」が大ヒット。52年映画「原爆の子」を発表、53年カンヌ国際映画祭に出品。チェコ国際映画祭平和賞、英国フィルムアカデミー国連賞、ポーランドジャーナリスト協会名誉賞など多くの賞を受けた。

60年無言の映画詩「裸の島」を製作、モスクワ国際映画祭グランプリほかメルボルン国際映画祭グランプリなどを獲得。62年「人間」で文部省芸術祭文部大臣賞、70年「裸の十九才」でモスクワ国際映画祭金賞、77年「竹山ひとり旅」でモスクワ国際映画祭監督賞・ソ連美術家同盟賞、95年「午後の遺言状」でモスクワ国際映画祭ロシア批評家賞ほかキネマ旬報ベストテン1位や日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した。
このほか受賞多数。

      

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