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ミハイル・カラシニコフ



旧ソ連の銃器設計者ミハイル・チモフェエヴィチ・カラシニコフ、病気のためイジェフスク市内の病院で23日死去、94歳。

1919年旧ソ連アルタイ地方キューラ村生まれ。第二次世界大戦中は戦車車長で、41年ドイツ軍との戦闘で重傷を負う。病院で療養中に、処女作サブマシンガンを設計。43年ソ連最大の兵器工場トゥーラ造兵廠に入る。46年のちAK-47(別名「カラシニコフ突撃銃」)として知られる全自動発射可能な自動小銃を設計。史上もっとも大量に製造され拡散し小銃となる。

04年「カラシニコフ」ブランドのウォッカを発売。05年時計のブランドとして「カラシニコフ・ウォッチ」を設立した。
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