アドセンス 


サイト内検索
検索ページへ

※ キーワードを入力ください

6286

原節子



元女優の原節子(本名:会田昌江)、肺炎のため神奈川県内の病院で9月5日死去、95歳。25日わかった。

1920年横浜市生まれ。生活苦のため女学校を中退。35年日活多摩川撮影所に入社、映画「ためらふ勿れ若人よ」でデビュー。37年ドイツのアーノルド・ファンク監督による初の日独合作映画「新しき土」のヒロインに抜擢、一気にスターとなる。その後東宝へ移籍。戦時中は「ハワイ・マレー沖海戦」「決戦の大空へ」「勝利の日まで」など戦意高揚映画に数多く出演。

戦後も化粧品会社のカラーポスターに登場。黒澤明監督の戦後初作品「わが青春に悔なし」に出演。47年東宝を離れフリーとなる。「安城家の舞踏会」「青い山脈」「お嬢さん乾杯」などの作品に出演。49年小津安二郎監督と組んだ「晩春」に出演後、61年「小早川家の秋」まで小津作品計6本出演した。62年「忠臣蔵 花の巻・雪の巻」が最後の映画出演となった。

63年小津監督が亡くなり、その通夜への出席を最後に女優業を事実上引退、表舞台から遠ざかった。

    
関連記事


      











0

Comment

Comment Form

Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
0

Trackback

Trackback URL

- obituary -
月別アーカイブ
Return to Pagetop