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石黒修



国内戦後初のプロテニス選手だった石黒修、病気のため東京都内の病院で9日死去、80歳。
1936年長崎市出身。兵庫県の甲南高校在学中に高校総体優勝、慶応大学時代にで大学日本一。大学卒業後、三菱電機へと進む。

全日本選手権でシングルス、ダブルス、混合ダブルスでそれぞれ優勝3度。
61年から6年連続でウィンブルドン選手権に出場、63年3回戦に進出。国別対抗戦のデビスカップにも出場、65年代表監督に就任。
71年にプロを宣言し、国内で戦後初のプロテニス選手となる。72年日本プロテニス協会を創設して初代理事長に就任。日本のトップ選手プロ化の流れを推進した。

俳優の石黒賢は次男。 
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