
91年8月のソ連保守派クーデター事件の首謀者の1人で元ソ連国家保安委員会(KGB)議長のウラジーミル・クリュチコフ(Vladimir Aleksandrovich Kryuchkov)、モスクワで23日死去、83歳。
1924年現ロシア南部ボルゴグラード(旧スターリングラード)生まれ。44年ソ連共産党入党。45年サラトフ法律専門学校に入学、翌年通信教育部に移り49年卒業。51年ソ連外務省高等外交官養成学校入学、54年卒業。
ハンガリー大使館勤務(当時の大使はユーリー・アンドロポフ)ののち、67年KGBに移りアンドロポフの補佐役となる。る。74年から14年間KGBの対外情報部門を統率。88年からKGB議長。ソ連共産党で中央委員、政治局員を歴任。ゴルバチョフ・ソ連大統領時代の91年8月のクーデター事件の首謀者の1人として国家非常事態委員会に参加。同事件で国家反逆罪で起訴されたが、94年恩赦を受け釈放。
この記事のトラックバックURL
http://bohyo.blog84.fc2.com/tb.php/652-3d68fb3e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
