Today's Obituary
元国連大使の加賀美秀夫、心不全のため東京都目黒区の病院で13日死去、84歳。
東京帝国大学卒。45年海軍経理学校卒。その後外務省でイラク大使をへて、88-90年まで国連大使を務めた。98年長野オリンピックの招致に尽力。
東京帝国大学卒。45年海軍経理学校卒。その後外務省でイラク大使をへて、88-90年まで国連大使を務めた。98年長野オリンピックの招致に尽力。
元衆院議員の尾形智矩、肺炎のため北九州市の病院で20日死去、71歳。
1936年福岡県京都郡苅田町生まれ。中央大学法学部卒業。
72年と76年の衆院選で福岡4区から立候補し落選。77年苅田町長選挙に無所属で立候補し当選。その後3選をはたす。
86年の衆院選で初当選。町長時代に不正経理により住民税約8000万円が使途不明になっていた問題が87年発覚。90年衆院選で落選。業務上横領容疑で告発され、東京地検特捜部も捜査に乗りだし、その後福岡地検に移送され、最終的に不起訴。
92年苅田町議選に当選。国会議員を経験者が地方議員に転じた例は当時なく、話題となる。
94年・98年・02年・05年の苅田町長選挙に立候補し落選。
1936年福岡県京都郡苅田町生まれ。中央大学法学部卒業。
72年と76年の衆院選で福岡4区から立候補し落選。77年苅田町長選挙に無所属で立候補し当選。その後3選をはたす。
86年の衆院選で初当選。町長時代に不正経理により住民税約8000万円が使途不明になっていた問題が87年発覚。90年衆院選で落選。業務上横領容疑で告発され、東京地検特捜部も捜査に乗りだし、その後福岡地検に移送され、最終的に不起訴。
92年苅田町議選に当選。国会議員を経験者が地方議員に転じた例は当時なく、話題となる。
94年・98年・02年・05年の苅田町長選挙に立候補し落選。
前山口県知事の平井龍、呼吸不全のため山口県防府市の病院で17日死去、82歳。
1926年山口県柳井市生まれ。東京大学法学部卒業、総理庁入庁(官房自治課)。自治省税務局市町村税課長から山口県副知事などを経て、76年知事選で初当選。連続5期20年、知事を務めた。
1926年山口県柳井市生まれ。東京大学法学部卒業、総理庁入庁(官房自治課)。自治省税務局市町村税課長から山口県副知事などを経て、76年知事選で初当選。連続5期20年、知事を務めた。








