政財界から文化・スポーツまで、秀でた功績を残した人々の死亡記事-obituary-で綴るブログ「死亡欄」。(敬称略)
Today's Obituary


元国連大使の加賀美秀夫、心不全のため東京都目黒区の病院で13日死去、84歳。

東京帝国大学卒。45年海軍経理学校卒。その後外務省でイラク大使をへて、88-90年まで国連大使を務めた。98年長野オリンピックの招致に尽力。





岡恒雄

兵庫県高砂市長の岡恒雄、急性骨髄性白血病による脳出血のため兵庫県明石市の病院で22日死去、57歳。

1950年高砂市生まれ。同市生活環境部長や参事を経て、06年市長選で初当選。現在1期目だった。





元衆院議員の尾形智矩、肺炎のため北九州市の病院で20日死去、71歳。

1936年福岡県京都郡苅田町生まれ。中央大学法学部卒業。
72年と76年の衆院選で福岡4区から立候補し落選。77年苅田町長選挙に無所属で立候補し当選。その後3選をはたす。

86年の衆院選で初当選。町長時代に不正経理により住民税約8000万円が使途不明になっていた問題が87年発覚。90年衆院選で落選。業務上横領容疑で告発され、東京地検特捜部も捜査に乗りだし、その後福岡地検に移送され、最終的に不起訴。

92年苅田町議選に当選。国会議員を経験者が地方議員に転じた例は当時なく、話題となる。
94年・98年・02年・05年の苅田町長選挙に立候補し落選。





前山口県知事の平井龍、呼吸不全のため山口県防府市の病院で17日死去、82歳。

1926年山口県柳井市生まれ。東京大学法学部卒業、総理庁入庁(官房自治課)。自治省税務局市町村税課長から山口県副知事などを経て、76年知事選で初当選。連続5期20年、知事を務めた。




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元日本社会党参院議員で労相を務めた浜本万三、多臓器不全のため広島市中区の病院で21日死去、87歳。

広島県生まれ。74年旧社会党から参院議員に初当選。通算3期18年務める。94年3党連立による村山富市内閣発足で労相に就任。被爆者援護法の制定に力を注いだ。95年政界引退。




山本孝史
癌患者であることを参院本会議で告白し、癌対策基本法の成立に尽力した民主党参院議員の山本孝史、胸腺癌により東京都内の病院で22日死去、58歳。

1949年兵庫県芦屋市生まれ。大阪育ち。立命館大学産業社会学部在学中から交通遺児育英会の活動に参加。72年卒業、同会に就職。同会事務局長を経て、93年衆院選で日本新党から初当選。01年から参院(大阪選挙区)。一貫して厚生労働畑を歩く。06年5月参院本会議で癌告白。その後、癌対策基本法と自殺対策基本法の成立に尽力。





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前大阪市長で大阪市立大名誉教授の磯村隆文、肝臓癌のため大阪市阿倍野区の病院で26日死去、76歳。

1930年大阪市生まれ。大阪市立大学経済学部卒。56年同大院で修士号取得後、ジョンズ・ホプキンス大学大学院に留学。72年経済学博士号を取得。75年大阪市立大教授に就任。
90年大阪市助役に。95年引退した西尾正也市長の後継として初当選。第16代大阪市長として2期8年務めた。その後帝塚山学院理事長を務める。





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元自由民主党衆議院議員で総務庁長官などを務めた江藤隆美、訪問先のベトナム・ホーチミン市内のホテルで22日死去、82歳。プライベート旅行中で、22日朝秘書が部屋を訪問した際に発見。

1925年宮崎県日向市生まれ。47年宮崎農林専門学校(現:宮崎大学)を卒業。69年総選挙で初当選し、73年中川一郎が主催する青嵐会の結成に石原慎太郎らと共に参加。
85年第2時中曽根改造内閣で建設相として初入閣。その後、運輸相や総務庁長官などを歴任。99年自民党江藤・亀井派の会長に就任。タカ派議員として知られ、小泉純一郎首相の高速道路改革などに強く反発した。03年政界引退。江藤拓衆院議員は長男。