政財界から文化・スポーツまで、秀でた功績を残した人々の死亡記事-obituary-で綴るブログ「死亡欄」。(敬称略)
Today's Obituary

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元大阪松竹歌劇団(OSK)娘役トップスターだった芦原千津子(本名:木村たみ)、心筋梗塞のため大阪氏の自宅で5日死去、90歳。

31年松竹楽劇部(大阪松竹歌劇団の前身、現:OSK日本歌劇団)に入団。男役トップスターだった秋月恵美子との名コンビで人気を集め、全盛期を築く。映画「七変化狸御殿」「夢を召しませ」などにも出演した。




声優の市川治、心不全のため東京都町田市の自宅で2日死去、72歳。

1936年埼玉県生まれ。県立熊谷高等学校卒業。芸歴:劇団森の会、テアトル・エコー、アーツビジョンをへて独立。65年からのテレビアニメ「スーパージェッター」の主役。「超電磁マシーン ボルテスV」の敵役プリンス・ハイネルなどの声を担当した。新日本企画代表。




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俳優の守屋俊志(本名:俊男)、東京都江戸川区の自宅で16日死去、72歳。

1935年静岡県生まれ。61年NTVプロデューサー兼ディレクターのせんぼんよしこに見出される。デビュー作はテレビドラマ「愛の劇場」。ほか映画「CLOSING TIME」「不良少年」「我が青春のイレブン」などに出演した。




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元タレントの飯島愛(本名:大久保松恵)、自宅マンションで死去、36歳。24日午後居間でうつぶせに倒れて死亡しているところを知人女性に発見された。死後約1週間が経過していた。警視庁渋谷署は自殺か病死とみて詳しい死因を調べている。

1972年東京都江東区生まれ。92年AV女優としてデビュー。90年代前半深夜番組「ギルガメッシュないと」で“Tバックの女王”と呼ばれる。93年「ナイショ DE アイ!アイ!」で歌手デビュー。その後トーク番組等でバラエティタレントとして活躍。

00年半自伝的な小説「プラトニック・セックス」を出版、150万部を超すミリオンセラーになった。飯島が口にする「ワタシ(私)的には…」は同年の新語・流行語大賞トップテンに入賞した。
07年3月芸能界を引退。08年月宇都宮市でエイズ啓発イベントに出演していた。





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漫談家の若井はやと(本名:中川秀明)、心不全で8日死去、64歳。

1944年大阪市南区生まれ。高校の同級生だった阿部龍弥(のちの若井ぼん)とともに、62年若井はんじ・けんじに入門。漫才コンビ「若井ぼん・はやと」として新世界の新花月でデビュー。「しっつれいしました」などのギャグで人気を得た。

68年コンビで上方漫才大賞新人賞、77年同大賞奨励賞を受賞。
84年角座閉鎖により活躍の場が失われ、85年コンビ解散。漫談家として活動を続けていた。




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俳優・声優の寺島幹夫(本名:幹雄)、埼玉県所沢市の病院で4日死去、77歳。

1931年福井県出身。1960年代には、若松孝二監督の作品に多数出演した異能の俳優として知られていた。1970年代より、活躍の場を声優に移す。 テレビアニメ「科学忍者隊ガッチャマン」のベルクカッツェ役などで声優として活躍したほか、映画「壁の中の秘事」や「日本の夜と霧」などに出演した。




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文学座俳優の松下砂稚子(本名:川辺砂稚子)、胃癌で22日死去、74歳。

1934年神奈川県生まれ。53年文学座研究所に入所。55年「シラノ・ド・ベルジュラック」で初舞台。
81年度「一九八一・嫉妬」「三人姉妹」で紀伊国屋演劇賞・個人賞を受賞。「欲望という名の電車」のステラ役など劇団内外の舞台に幅広く出演。91年「薔薇の花束の秘密」で芸術祭賞を受賞。新劇から商業演劇まで舞台を中心に幅広く活躍した。



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お笑い芸人でチャンバラトリオのメンバーの前田竹千代(本名:宮川定徳)、胃癌のため大阪市内の病院で9日死去、55歳。

1952年大分県国東半島生まれ。大分県立高田高校卒業。会社勤めを経て松竹芸能タレント養成所に入る。漫才師の前田五郎に弟子入り。79年漫才コンビ前田竹千代・犬千代を結成。竹千代が笹竹をもってきて神と仰ぐコント風の漫才を演じる。81年NHK上方漫才コンテスト優秀賞受賞。

コンビ解散後、チャンバラトリオに山根伸介に弟子入り。94年付き人から正式にチャンバラトリオのメンバーとなる。