政財界から文化・スポーツまで、秀でた功績を残した人々の死亡記事-obituary-で綴るブログ「死亡欄」。(敬称略)
Today's Obituary


PhilipJonesGriffiths.jpg

英写真家のフィリップ・ジョーンズ・グリフィス(Philip Jones Griffiths)、72歳。

1936年ウェールズ生まれ。リバプール大学で薬学を学ぶ。61年フリーランスの写真家となり、英「オブザーヴァー」誌と契約。62年アルジェリア戦争を取材後、中央アフリカ、アジアへと活動を広げる。
66-70年の間3年以上に渡りベトナムを取材、当時世界最高の戦争写真家と評された。写真集「Vietnam, Inc.」を出版(01年ノーム・チョムスキーが序文を添えて再出版)。

67年にマグナム準会員、71年正会員。
70年代はアジアの紛争地を取材、80年ニューヨークに移住してマグナムの会長を5年間務めた。96年集大成の写真集「Dark Odyssey」を出版。





John Roderick

元AP通信東京特派員で元日本外国特派員協会会長のジョン・ロデリック(John Roderick)、米ハワイ州ホノルルで11日死去、93歳。

1914年メイン州ウォータービル生まれ。16歳で孤児になる。
37年AP通信入社。42年ワシントンに移り、兵役。エール大学で日本語を学ぶ。44年はじめて中国訪問。40年代に中国共産党の拠点だった延安で毛沢東らに会見。その後、米メディア界で中国報道の第一人者とされた。中国に駐在できない時代は東京に拠点を置き中国報道を続け、日本を含むアジアの報道に貢献。79年AP通信社北京事務所再開。

65-66年日本外国特派員協会会長。86年日本政府から勲三等瑞宝章授与。





韓国・東亜日報前会長のキム・ビョングァン(金炳琯)、食道癌のため25日死去、73歳。

1934年生まれ。東亜日報創業者の金性洙氏の孫で、68年同紙入社。87年東亜日報発行人となる。89年から社長、93-01年会長。韓国新聞協会会長、高麗中央学院 理事長なども歴任。

87年民主化運動に参加した学生が警察当局の拷問で死亡した事件で、軍事政権からの圧力に屈しない報道姿勢を貫いた。

01年早稲田大から名誉博士号(法学)。同年夫人の安慶煕がマンションから飛び降り自殺。




元米ライフ誌写真記者アラン・グラント(Alan Grant)、肺炎のためカリフォルニア州ブレントウッドの自宅で1日死去、88歳。

1919年ニューヨーク生まれ。写真現像の仕事を経て45年雑誌「ライフ」の写真記者として独立。47年アカデミー賞の発表を待つグレース・ケリーやオードリー・ヘップバーンの写真、50年代初め米政府によるネバダ州の核実験写真、62年急死した米女優マリリン・モンローを死の数週間前に撮影したことなどで知られる。





bernie_boston_.jpg
米報道写真家のバーナード・ボストン(Bernard Boston)、難病アミロイドーシスのため米南部バージニア州の自宅で22日死去、74歳。

首都ワシントン生まれ。ヴァージニア州マクリーン育ち。7歳の頃から写真を撮り始める。
67年国防総省付近で行われたベトナム戦争反対デモで、警備の兵士が持つライフルの銃身に若い男性が花を一輪挿す写真「フラワー・パワー」を撮影。反戦のイコンとして世界中的に知られる。

60年代初めからホワイトハウスを中心に取材、トルーマン大統領からクリントン大統領まを取材。地方紙で写真記者をしたのち、81年ロサンゼルス・タイムズ紙に移る。93年同紙ワシントン支局の首席写真記者を最後に引退。68年と87年にピュリツァー賞最終選考に残った。

06年から闘病生活。ライカの世界的な収集家でもあった。




franlewine.jpg
元AP通信ホワイトハウス担当記者のフランセス・ルイン(Frances Lewine)、脳卒中のため19日死去、86歳。

1921年米ニューヨーク市生まれ。ロングアイランドのファー・ロッカウェイ育ち。ハンター・カレッジ卒。AP通信入社後、56年からワシントン支局勤務。アイゼンハワー大統領からカーター大統領まで6人の大統領を取材。女性記者の地位向上運動のパイオニア的存在で、ナショナルプレスクラブの女人禁制をやめさせるなどした。77年AP退職。その後、米運輸省報道副部長やCNNテレビのプロデューサーなどを務めた。





fredmacdaarah.jpg

米写真家のフレッド・マクダラー(Fred W. McDarrah)、ニューヨーク・グリニッジヴィレッジの自宅で6日死去、81歳。

1926年生まれ。50年代後半から「Village Voice」紙で写真を撮り始める。以来50年以上に渡ってビート・ジェネレーションの詩人たちの写真や、ポストモダンのアーティスト、オフ・オフ・ブロードウェイの俳優たちを撮ってきた。被写体となったのはケルアックやウォーホール、ギンズバーグ、ボブ・ディランらで時代の肖像を撮り続けた。





link.withers.jpg

米写真家のアーネスト・ウィザーズ(Ernest C. Withers)、心臓病のためテキサス州メンフィスで8日死去、85歳。

1922年メンフィス生まれ。第2次大戦中にカメラマンとして従軍、帰還後スタジオを開いた。
50年代−60年代の市民権運動などをテーマにフリーランスで写真を撮り続けた。このほかジャッキー・ロビンソンらダイヤモンド・リーグの選手や故郷メンフィスのジャズ・プレイヤーも撮り続けた。
メンフィスの最初の黒人警察官9人の1人として約3年間働いた経験も持つ。