Today's Obituary

英写真家のフィリップ・ジョーンズ・グリフィス(Philip Jones Griffiths)、72歳。
1936年ウェールズ生まれ。リバプール大学で薬学を学ぶ。61年フリーランスの写真家となり、英「オブザーヴァー」誌と契約。62年アルジェリア戦争を取材後、中央アフリカ、アジアへと活動を広げる。
66-70年の間3年以上に渡りベトナムを取材、当時世界最高の戦争写真家と評された。写真集「Vietnam, Inc.」を出版(01年ノーム・チョムスキーが序文を添えて再出版)。
67年にマグナム準会員、71年正会員。
70年代はアジアの紛争地を取材、80年ニューヨークに移住してマグナムの会長を5年間務めた。96年集大成の写真集「Dark Odyssey」を出版。
韓国・東亜日報前会長のキム・ビョングァン(金炳琯)、食道癌のため25日死去、73歳。
1934年生まれ。東亜日報創業者の金性洙氏の孫で、68年同紙入社。87年東亜日報発行人となる。89年から社長、93-01年会長。韓国新聞協会会長、高麗中央学院 理事長なども歴任。
87年民主化運動に参加した学生が警察当局の拷問で死亡した事件で、軍事政権からの圧力に屈しない報道姿勢を貫いた。
01年早稲田大から名誉博士号(法学)。同年夫人の安慶煕がマンションから飛び降り自殺。
1934年生まれ。東亜日報創業者の金性洙氏の孫で、68年同紙入社。87年東亜日報発行人となる。89年から社長、93-01年会長。韓国新聞協会会長、高麗中央学院 理事長なども歴任。
87年民主化運動に参加した学生が警察当局の拷問で死亡した事件で、軍事政権からの圧力に屈しない報道姿勢を貫いた。
01年早稲田大から名誉博士号(法学)。同年夫人の安慶煕がマンションから飛び降り自殺。
元米ライフ誌写真記者アラン・グラント(Alan Grant)、肺炎のためカリフォルニア州ブレントウッドの自宅で1日死去、88歳。
1919年ニューヨーク生まれ。写真現像の仕事を経て45年雑誌「ライフ」の写真記者として独立。47年アカデミー賞の発表を待つグレース・ケリーやオードリー・ヘップバーンの写真、50年代初め米政府によるネバダ州の核実験写真、62年急死した米女優マリリン・モンローを死の数週間前に撮影したことなどで知られる。
1919年ニューヨーク生まれ。写真現像の仕事を経て45年雑誌「ライフ」の写真記者として独立。47年アカデミー賞の発表を待つグレース・ケリーやオードリー・ヘップバーンの写真、50年代初め米政府によるネバダ州の核実験写真、62年急死した米女優マリリン・モンローを死の数週間前に撮影したことなどで知られる。

米報道写真家のバーナード・ボストン(Bernard Boston)、難病アミロイドーシスのため米南部バージニア州の自宅で22日死去、74歳。
首都ワシントン生まれ。ヴァージニア州マクリーン育ち。7歳の頃から写真を撮り始める。
67年国防総省付近で行われたベトナム戦争反対デモで、警備の兵士が持つライフルの銃身に若い男性が花を一輪挿す写真「フラワー・パワー」を撮影。反戦のイコンとして世界中的に知られる。
60年代初めからホワイトハウスを中心に取材、トルーマン大統領からクリントン大統領まを取材。地方紙で写真記者をしたのち、81年ロサンゼルス・タイムズ紙に移る。93年同紙ワシントン支局の首席写真記者を最後に引退。68年と87年にピュリツァー賞最終選考に残った。
06年から闘病生活。ライカの世界的な収集家でもあった。

米写真家のフレッド・マクダラー(Fred W. McDarrah)、ニューヨーク・グリニッジヴィレッジの自宅で6日死去、81歳。
1926年生まれ。50年代後半から「Village Voice」紙で写真を撮り始める。以来50年以上に渡ってビート・ジェネレーションの詩人たちの写真や、ポストモダンのアーティスト、オフ・オフ・ブロードウェイの俳優たちを撮ってきた。被写体となったのはケルアックやウォーホール、ギンズバーグ、ボブ・ディランらで時代の肖像を撮り続けた。






