政財界から文化・スポーツまで、秀でた功績を残した人々の死亡記事-obituary-で綴るブログ「死亡欄」。(敬称略)
Today's Obituary


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女義太夫の竹本綱吉(本名:河合勝)、老衰のため京都市東山区新瓦町東組631の自宅で8日死去、103歳。

1905年京都市東山五条生まれ。12年7歳で3世竹本綱吉に入門、9歳で初舞台。 18竹本綱昇の芸名を受ける。女義太夫全盛の大正から昭和初期に8年連続で人気投票日本一になる。38年4世綱吉を襲名。48年京都市東山区の安井金比羅宮に竹本綱吉浄瑠璃道場を開設。02年「世界最高齢の弾き語り」としてギネスブックに認定された。





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漫画家の赤塚不二夫(本名:藤雄)、肺炎のため東京都文京区の病院で2日死去、72歳。

1935年中国東北部(旧満州熱河省)生まれ。46年奈良県大和郡山市に引き揚げ。新潟県内の中学を卒業後、2年間地元の看板屋で働く。18歳で上京、化学薬品工場の工員をしながらマンガを描く。56年に貸本マンガ「嵐をこえて」でデビュー。石ノ森章太郎さんら多くのマンガ家が住んだアパート「トキワ荘」で本格的な創作活動を始めた。

58年初の月刊誌連載となった「ナマちゃん」を発表。62年六つ子を主人公にしたギャグ漫画「おそ松くん」を「週刊少年サンデー」に連載。同年少女マンガ「ひみつのアッコちゃん」を「りぼん」に連載し、人気マンガ家となる。

67年「天才バカボン」「もーれつア太郎」が連載開始。テレビアニメ化され、一大ブームを巻き起こした。72年赤塚不二夫責任編集の雑誌「まんがNo.1」を刊行するが、73年6号で休刊。74年実験的に山田一郎のペンネームを使うが3カ月で元に戻した。

64年「おそ松くん」で小学館漫画賞、72年「天才バカボン」で文芸春秋漫画賞、97年日本漫画家協会文部大臣賞を受賞。

98年年食道癌を手術、02年検査入院中に脳内出血を起こし緊急手術を受け闘病中だった。






演芸作家の大野桂、肺炎のため東京都板橋区の病院で19日死去、77歳。

東京都生まれ。新作落語の5代目古今亭今輔のほか、桂米丸、漫才の内海桂子・好江、星セント・ルイスなどの台本を書いた。著書に「大道芸・寄席芸」など。





漫画家の森哲郎(本名:正衛)、胃癌のため静岡県伊東市内の病院で9日死去、79歳。
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1928年名古屋市生まれ。名古屋市昭和区生まれ。名古屋タイムズ嘱託、中日新聞専属執筆を経て、60年上京。コミック漫画十数誌に連載を始める。週刊漫画創刊号から代表作「サラリーマン太閤記」など15年間連載。 週刊明星に「ダンプ、ヒップ、バンプ」連載、大映で映画化された。62年手塚治虫らと長編漫画研究会を結成する。

75年「劇画秩父事件」「劇画日本国憲法」を出版し、反響を呼ぶ。80年「中国描きある記」を出版、以降中国をテーマに描き続ける。

このほか社会派漫画家として「マンガ『論語』完全入門」「劇画・日本国憲法全五部作」「マンガ孫子の兵法」などを描いた。





陶芸家の辻協(本名:協子)、肝臓癌のため東京都稲城市の病院で8日死去、77歳。

1930年東京都生まれ。女子美術大学卒業。日本陶磁協会賞受賞。陶芸家の辻清明(4月15日死去)と結婚後、作陶を始める。62以降夫婦で2人展を開催。女性で初めて日本陶磁協会賞を受賞。女性陶芸家の草分けの1人。





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鋳物師の鈴木文吾、多臓器不全のため埼玉県川口市の自宅で6日死去、86歳。

1921年水戸市生まれ。古くから伝わる川口鋳物の伝統技術「惣型法」継承の第一人者。58年東京で開催されたアジア競技大会のため、国立競技場の聖火台を製作。64年東京五輪でも聖火台は使われた。現代の名工、黄綬褒章、勲六等瑞宝章など受章。





随筆家の佐々木久子、6月28日死去、78歳。

1930年広島市生まれ。広島女子商業か、広島大学卒業。単身で上京。55年雑誌「酒」の編集長となり、97年の休刊まで約30年にわたって務めた。その間、全国各地を歩いて地酒を発掘するなど、日本酒に関して発言し続けた。著書に「酒に生きるおやっさん」「わたしの放浪記」など。

広島カープの熱烈なファンとしても知られ、66年「広島カープを優勝させる会」を結成、代表世話人を務めた。





児童書出版のポプラ社創業者で名誉会長の田中治夫、心不全で21日死去、87歳。

1920年埼玉県生まれ。明治大学を卒業。47年同社を創業。児童書の専門出版社として「少年探偵・江戸川乱歩全集」や「かいけつゾロリ」「ズッコケ三人組」シリーズなどを刊行。 学校図書館の充実や書店振興にも尽力した。