政財界から文化・スポーツまで、秀でた功績を残した人々の死亡記事-obituary-で綴るブログ「死亡欄」。(敬称略)
Today's Obituary


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トランスジェンダーとして知られる韓国のタレント、チャン・チェウォン(Jan Chae-Won、本名:チャン・ジョンハン)、ソウルの自宅で3日死去、27歳。首つり自殺と見られ、2年前にも自殺を図ったことがある。遺体で発見された日の朝、同居中の男性と別れたという。

07年ソウル放送の芸能番組「真実ゲーム」に出演し、性転換手術を告白し話題を集めた。性転換前の02年にも同番組に出演している。
韓国のトランスジェンダーの人気タレントにあやかり、「第二のハ・リス(Ha Ri-su)」とも呼ばれた。





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米国の細胞生物学者ジョージ・エミール・パラーデ(George Emil Palade)、8日死去、96歳。

1912年ルーマニアのヤシ生まれ。40年ルーマニアのブカレスト大学医学部で医学博士号を取得。同大学で研究ののち、45年渡米。

米ロックフェラー大学でアルベルト・クラウデらとともに研究を行い、52年米国に帰化。58−73年までロックフェラー大学、73−90年までイェール大学、90年以降はカリフォルニア大学サンディエゴ校で教授を務めた。

74年細胞の構造と機能に関する発見により、クリスチャン・ド・デューブ、アルベルト・クラウデとともにノーベル生理学・医学賞を受賞。
このほか70年コロンビア大学よりルイザ・グロス・ホロウィッツ賞、86年米国家科学賞を受賞。





写真家の小川隆之、肺気腫のため川崎市高津区の病院で8日死去、72歳。

1936年東京都生まれ。59年日本大学芸術学部写真学科を卒業。文藝春秋社写真部に入社。

65年文藝春秋社を退社。フリーランスとして、雑誌や広告、テレビCMのカメラマンとして活躍。俳優オーソン・ウェルズを撮影した洋酒の宣伝ポスターなどで知られる。
68年日本写真批評家協会新人賞を受賞。





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長野県中野市長の青木一、急性呼吸不全のため中野市の病院で9日死去、60歳。先月22日胆石胆嚢炎で手術を受けたのち、23日朝に呼吸不全となり、意識不明の状態が続いていた。

1948年長野県生まれ。日本歯科大学を卒業。歯科医師のかたわら、長野県歯科医師連盟理事長や中野青年会議所理事長を務める。

05年中野市長選に無所属で出馬し当選。




ドイツ文学者で東大名誉教授、日本戦没学生記念会〈わだつみ会〉顧問の山下肇、心不全のため東京都の自宅で6日死去、88歳。

1920年東京生まれ。。東京帝国大学独文科を卒業。50年東京大学教養学部ドイツ語助教授となる。その後、教授就任。71-72年教養学部長を務め、81年定年退官。関西大学教授となる。

ユダヤ神秘主義研究、ゲーテ、ヘッセ、カフカなど多くのドイツ文学を翻訳。53年「カフカの世界」、55年「大学の青春・駒場」、61年「学生はどこへいく 」ほか著書多数。

わだつみ会で事務局長などを歴任し、学徒出陣した学生の手記をまとめた「きけ わだつみのこえ」出版で中心的な役割を担った。大学生協東京事業連合理事長も務めた。





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韓国の俳優キム・ジフ(Kim Ji-hoo)、自宅で6日死去、23歳。7日午前自殺しているのが見つかった。

1985年生まれ。ソウル放送の番組「真実ゲーム」で芸能界デビュー。ケーブルチャンネルのカミングアウト番組「カミングアウト」にキム・ジョンヒョンという仮名で出演し,同性愛者であることを告白。これによる所属事務所との契約が白紙化。

07年には「ソン・ジヒョ・ファッションショー」にモデルとして出演。ほかに文化放送のドラマ「思いっきりハイキック」など出演、俳優として活動していた。






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国際ビジネスコンサルタントのジョージ・フィールズ(George Fields)、悪性軟部腫瘍で2日死去、80歳。

1928年東京生まれ。父は日本人、母はオーストラリア人。国民学校、都立八中を卒業。東京空襲ののち、オーストラリアへ移住し大学進学。54年シドニー大学経済学部卒業。英国ユニリーバ勤務を経て、64年ASIマーケットリサーチ日本支社副社長として来日。以後日本に居住。

TBS系情報番組「ブロードキャスター」でコメンテーターを務めたほか、フィールズ・アソシエイト代表、産能大学客員教授。





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農園主で元日本有機農業研究会常任幹事の大平博四、呼吸不全で3日死去、75歳。

東京都世田谷区で400年続く伝統ある農家に生まれる。30年以上前に農薬の害にいち早く気づき、 独自の方法で有機野菜を栽培。農園に全国から研修生を受け入れ、無農薬農法を推進した。
著書に「有機農業の農園」「大平農園の野菜づくり」など。